敗者の弁とは思えないほどに力強かった。7月19日に行われた王座戦挑戦者決定戦。佐藤康光九段(51)は木村一基九段(48)に132手で敗れ、挑戦権獲得には届かなかった。勝てば故・大山康晴十五世名人以来、35年ぶりとなる日本将棋連盟の現役会長によるタイトル挑戦だったこともあり、戦前から多くの将棋ファンが注目していた。「少し攻め急いでしまった。もう少し最後、最善を尽くしたかったですが、ちょっと実力不足でした」と敗因を述べたが、その後に続いた向上心の結晶ともいえる言葉が、多くファンの感動を呼んだ。
佐藤九段は、永世称号を持つ棋聖をはじめ竜王、名人などタイトル通算13期、棋戦優勝も12回を誇る超一流の棋士だ。50代に入ってからもなお竜王戦1組、順位戦A級を維持し、今回のようにタイトル挑戦まであと一歩まで迫るほど、第一線での活躍を続けている。50代で順位戦A級に在籍しているのは、佐藤九段と羽生善治九段(50)の2人だけだ。
年齢だけならまだしも現在、日本将棋連盟の会長職を担いながら戦っているところがすさまじい。前会長・谷川浩司九段(59)の後を引き継ぎ、2017年2月から会長に就任。前年10月にプロデビューした藤井聡太王位・棋聖(19)が大活躍し始めた時期と就任のタイミングが重なり多忙を極めると、最近では新型コロナウイルスという新たな問題にも対応。自身の対局もありながら、わずかな時間を見つけては会長の仕事をこなすことから、棋士・女流棋士の口からも「本当にお忙しそう」という言葉はよく聞かれる。
この中で挑戦者決定戦まで進んだことだけでも快挙だが、終局後のコメントにファンがしびれまくった。記者からAI(将棋ソフト)の発展や若手の台頭、さらには会長職の激務をこなしつつここまで来たことについて聞かれ、こう答えた。
佐藤九段 自信はあるんですけど、なかなか結果につながらないので。久々にチャンスかなと思っていたんですが。自分自身はまだまだ、歳はかなりいってますけど強くなれるとは思っているので、ミスをなくすのが課題ですね。
天才棋士、藤井聡太王位・棋聖はまだ10代。他3人のタイトルホルダーも30代が2人、20代が1人と、50代はおろか40代すら1人もいない。まさに世代交代の時期でもあり、“羽生世代”と呼ばれた棋士たちも、全盛期のような活躍はできなくなっている。それでもまだ「自信はある」と言い切り、「強くなれる」と向上心も消えていない。この言葉にファンからは「かっこよすぎ」「会長やばい…素敵すぎる」「こんな大人になりたいです!」「まだまだ頑張って!」といった感動の声が相次いだ。また、勝者の木村九段も対局後の会見で「正直、現状維持が精一杯ですが、年上の先輩がああいう風に言っている。こちらもだらしないことは言っていられない」と燃えた。
現役のプレイヤーが連盟の運営もすることに、無理があると指摘する意見は度々出てくる。将棋界の発展に専念しようと、第一線を退く棋士もいる。ただ佐藤九段は違う。最高責任者でいながら、トップレベルのプレイヤーとして戦い続ける。この底なしの向上心があれば、衰えの字などまだまだ見えてこない。
(ABEMA/将棋チャンネルより)