いよいよ幕を開けるカタール・ワールドカップ。森保一監督が率いる日本代表は、いかなる戦いを見せるか。ベスト8以上を目ざすサムライブルー、26の肖像。今回はDF山根視来(川崎フロンターレ)だ。

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 長友佑都が明大時代にスタンドで太鼓をたたいていた話は有名だが、同じサイドバックの山根視来こそ、“遅咲きの星”かもしれない。

 年代別代表に入った経験はない。代表デビューは2021年3月だった。27歳でつかんだ初キャップから約1年半で立つワールドカップ。元アタッカーで「得点に絡めるプレー」を最大の特長に持つサイドバックは、11月6日の壮行会で誓った。

「舞台を心の底から楽しみたい。世界中の人が見る大会。今までのサッカー人生を全て出していく大会にしていきたい」

 座右の銘は「夢は心のプロテイン」。桐蔭横浜大時代、「座右の銘チェッカー」なるサイトで偶然出てきた言葉を「めっちゃいい」と採用してから今も使い続けている。そんな山根には、「夢」を持てない時もあった。
 
 東京Vジュニアユース時代。「自分のイメージの中では、色で言うと黒」。ベストメンバーを構成できる公式戦で起用されたことは、3年間で一度もなかった。3年夏に面談でユースに昇格できないことを告げられた時も、ショックすら感じなかった。

 茨城・ウィザス高(現第一学院)に入学した後も、すぐに実力を悟った。「ヴェルディで試合に出られなくても、日本の中ではレベルの高い部類って当時は勝手に勘違いしていたんですけど、そうじゃないと気がついた。僕は全然だめなほうだ、と」と振り返る。

 3年になる直前、練習中に東日本大震災が発生した。目で見えるくらい地面が揺れ、寮の運転手が「凄いことになっているから上がってこい」と走ってきた。寮は傾き、壁はひび割れ、荷物は散乱していた。当日はマイクロバスで、翌日からは体育館で寝泊まり。その後、神奈川県の実家に戻った。

 高校で一旦サッカーに区切りをつけることも考えていた。ただ、被災後に実家から近い桐蔭横浜大に練習参加すると「それなりに自分のフィジカルもレベルが上がってきている」と一定の手応えをつかめた。セレクションを受けて合格。そして4年時の15年9月、人生の転機が訪れる。天皇杯2回戦の相手は湘南だった。

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 試合は3-4で敗れたが、ゴールを突き刺すなど気を吐いた山根はプロの目に止まった。試合直後、強化部から「ぜひ練習参加してほしい。曺貴裁監督もすごく希望している」と誘いがかかった。3か月後、加入が内定。プロへの道が開けた。

 曺監督のもとでDFに転向し、川崎への移籍を経て迎えたプロ6年目。代表デビューの親善試合・韓国戦では初ゴールを決めた。土壇場の大舞台で結果を残してきた過去から“持っている”と言われることもあるが、その自覚はない。「同じくらい重要な試合はいっぱいあった。まだまだ」と話す。
 
 自身を支えているのは、「反骨心」。「自分をスペシャルな選手とは思っていない。怪我で休んだら自分の代わりに出た選手が活躍して、そのまま(ポジションを)奪われちゃうんじゃないか、みたいなことはいつも思っている」。

 見続けてきたのは、「夢」以上に「足もと」。だからこそ、遅咲きでもW杯までたどり着けた。

取材・文●波多野詩菜(スポーツニッポン新聞社)