カタールW杯は、過去最大の混戦模様を呈している。ドーハに降り立った出場32か国の中で、絶頂期を迎えているチームも、他と比較して傑出した戦略や組織力に基づいたコンスタントな結果を保証する支配者も見当たらない。スペインを除いた優勝候補と目される列強国を検証した。
●ブラジル
カタールの砂漠の中で、ブラジルはオアシスのような存在だ。陣容的には今大会ダントツのクオリティを誇る。ロシアでは一体感が欠如していたが、だからこそ各選手の今大会にかける思いは強い。その筆頭格はネイマールだ。きっかけは、今夏、パリ・サンジェルマンが退団の扉を開いたことだった。突然の復讐心に駆られたエースは、17年夏にバルサを退団して以来、最高の輝きを放ち続けている。もともと実力に疑いの余地はない。
しかも彼の周りには、一線級のツールを持ったチームメイトが揃っている。ガブリエウ・ジェズスのマークを外す動き、アントニーのプレーの選択肢の豊富さ、カゼミーロのピンチの芽を摘む洞察力、マルキーニョスの壁、アリソン・ベッカーのシュートストップ能力はその代表例だ。さらにヴィニシウス・ジュニオールをはじめ上昇気流に乗る優れたバイプレイヤーの存在も、強力なチームの礎を支えている。
「チャンピオンになる時が訪れた」。チッチ監督も自信を覗かせるが、この言葉は、もう失敗が許されないという覚悟の裏返しでもあるだろう。最多5回の優勝を誇るブラジルは、2002年日韓大会以来、頂点から遠ざかっている。南米勢がこれだけ長い間、優勝トロフィーを手にすることができていないのは初めてのことだ。
●アルゼンチン
ロシア大会以降、ブラジルは30試合で1敗しかしていないが、その唯一の黒星をつけたのがアルゼンチンだ。舞台は、21年コパ・アメリカ決勝、マラカナンだった。ただそれでもチームとしての不安定さは拭えない。
例えばリオネル・メッシは、パリSGに移籍して以来、本来の姿を取り戻すことができていない。キャリアの中で初めて直面した環境の変化に加え、新型コロナウイルス感染による後遺症も重なり、コンディションの調整に苦しんでいる。ただそれでもメッシは、アルゼンチンで最高の選手であり続けている。この周囲の選手とのギャップの大きさは、才能が枯渇しているサッカー大国の現状を浮き彫りにしている。
そんな中、リオネル・スカローニ監督が取り組んできたのは、安定した守備を土台にしながら、ボールホルダーがメッシの許可なくリスクを冒さない機能的なチーム作りだ。中盤に傑出したゲームメーカーはいないが、ギド・ロドリゲス、アレクシス・マク・アリステル、ロドリゴ・デ・パウル、アレハンドロ・ゴメスといった選手はメッシのサポート役としては優秀だ。
後方には、攻撃陣の頑張りを台無しにしないだけのディフェンダーが揃っている、中でも、クリスティアン・ロメロ、ニコラス・オタメンディ、リサンドロ・リサンドロを擁するCB陣は、2006年ドイツ大会以来、最も堅固な守備ブロックの構築を可能にしている。
【PHOTO】ドバイのアル・マクトゥーム・スタジアムに駆け付けた日本代表サポーター!
●ドイツ
1980年代から1990年代にかけてベルント・シュスター、ローター・マテウス、ピエール・リトバルスキー、トーマス・ヘスラ―、トーマス・ドル、フェリックス・マガト、シュテファン・エフェンベルクらドイツは一線級のミッドフィルダーを輩出し続けた。しかしそれはもう過去の話だ。現代表の中盤は質、量ともに不足し、82年スペイン大会、86年メキシコ大会、90年イタリア大会のチームが見せたようなバリエーション豊富な攻撃を繰り出すことはない。ただその分、ドイツは先鋭的な指揮官を輩出し続いている。
EURO2020まで15年間にわたり代表を率いたヨアヒム・レーブ、現代表監督ハンジ・フリックはいずれもその系譜に名を連ねる指導者だ。2人はその独創的な理論を、欧州NO.1の実績を誇る伝統の勝負強さを損なわないように調整しながらチームに植え込み、育成システムの欠陥を補ってきた。
ドイツは、やり方は二の次で、攻撃に徹する。ある場面では秩序、ある場面では熱量を発揮し、自分たちの力以上のものを出し切る。まだチームの方向性は模索中だ。とりわけ負傷欠場のティモ・ヴェルナーに代わる9番探しは急務である。しかしイルカイ・ギュンドアンの連携力とジャマル・ムシアラの創造性を旗頭に、チームは成長曲線を描いている。歯車がかみ合えば、怖い存在になりそうだ。
●イングランド
自国開催の1966年大会以来、最もタイトル獲得のチャンスが近づいた時、GoogleロボットにPK戦の命運を委ねたガレス・サウスゲイト監督ほど、イングランドの憂鬱と混乱を凝縮した人物はいない。
現イングランド代表は傑出した才能を持ったハリー・ケインを筆頭に精鋭揃いだ。しかしEURO2020の決勝での敗北は、このタレント集団を率いる幸運に恵まれたサウスゲイト政権のサイクルが衰退期に入ったことを暗示するものだった。この流れを反転させるのは、並大抵のことではない。しかし、稀に見る混戦模様の今回のW杯では何が起こるかわからないこともまた事実だ。
●フランス
ポール・ポグバとエンゴロ・カンテの欠場は、ロシアW杯を制したチームに何が不可欠で何が付属品だったかを発見する役目を果たすだろう。アントワーヌ・グリエーズマンは新たな“伴侶”を探すことを余儀なくされ、キリアン・エムバペは昨年のコンビ形成以来、連携の改善が図られないままカリム・ベンゼマ(怪我でW杯欠場が決定)と共存することを余儀なくされている。
チームを率いるのは、カテナチオという過去の産物に喜々として縛られたまま、サッカーを単純化するデディエ・デシャンだ。したがってフランスがどのようなプレーをするかは明白だ。一方、疑問の余地があるのは、デシャン監督がオーレリアン・チュアメニやジュル・クンデといった選手の起用に固執し続けた場合、往年の堅固な守備をどのように再現するのかという点だ。EURO2020での惨敗は欧州最高の陣容を揃えるだけでは不十分という警告だった。スポーツ的、道徳的な復興は、依然として懸案事項だ。
●オランダ
サッカー界には、単体で優秀な選手もいれば、一緒にプレーするチームメイトをよりよくする選手もいる。フレンキー・デ・ヨングは後者に該当する。センターバックのように守り、ミッドフィルダーのように中盤を統率し、エンガンチェ(トップ下)のようにパスを繰り出し、ウィングのようにドリブルし、ストライカーのようにゴール前に顔を出す。
これだけ多くのことをしかも高次元にこなせる選手は今大会、彼以外に見当たらない。フィルジル・ファン・ダイクやマタイス・デリフトのようなCBが最終ラインを支えるチームのレパートリーの豊富さは、競争力のある集団を優勝候補の1つに昇華させる可能性を秘めている。
文●ディエゴ・トーレス(エル・パイス紙)
翻訳●下村正幸
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