前半にPKで失点し苦しむなか、指揮官がハーフタイムで思い切った舵を切る

 0-1というスコアで終わっていたものの、前半45分を見た段階で、ワールドカップ(W杯)で過去に一度も逆転勝利を挙げたことがない日本代表が、ドイツ代表を相手に逆転勝利できると思った人は少なかっただろう。

 日本もまったくチャンスを作れなかったわけではない。前半8分には高い位置でボールを奪い取ると、MF伊東純也(スタッド・ランス)の折り返しにFW前田大然(セルティック)が合わせてゴールネットを揺らした。オフサイドになったものの、高い位置からのプレッシングで相手のビルドアップを抑えてショートカウンターに持ち込むというのは、日本が狙いとしていたことだ。

 前半は圧倒されていた印象が強く残るが、実は開始早々は日本のペースだった。ところが、日本のハイプレスに対応してドイツは策を変えた。トーマス・ミュラーが日本の左サイドMF久保建英(レアル・ソシエダ)とDF長友佑都(FC東京)の背後に落ちてきて、攻撃の起点を作り出した。このベテランの動きによって、日本は守備が混乱。久保が低い位置を取らざるを得なくなり、ミュラーをケアしにMF田中碧(デュッセルドルフ)もサイドに引っ張られたことで、中央でもMF遠藤航(シュツットガルト)がスペースを管理しなければならなくなり、持ち前の球際の強さを発揮できにくい状態になった。

「ミュラーとムシアラを捕まえるのが難しかった。嫌なポジションをとるのでハッキリしようと言っていた」と、DF吉田麻也(シャルケ)は問題点を把握していた。だが、W杯という舞台で、ピッチ上の選手たちだけで修正を行うのは限界があるという。「特にこういう大会では、ピッチの中で変えるのは難しい。声も通らないし、みんなも緊張している。0-1で折り返せたのは大きかった」と語った。

 そうしたなかで、ハーフタイムに森保一監督が動く。久保を下げ、DF冨安健洋(アーセナル)を投入し、チームの布陣を3-4-2-1に変更したのだ。森保監督は前半の途中で、チームに起きていた問題を把握していたのだろう。だが、動かなかった。ここでベンチから指示を出して修正したとしても、それを見てハーフタイムでドイツがさらに変更してくると感じたのではないだろうか。

 いずれにせよ後半の頭から、日本はウイングバックを含めて、5人でピッチの横幅を守ることになった。これによって5レーンの各レーンに一人を置いて攻めるドイツに対して、1対1で付くというふうにマークが明確になる。前線の選手たちがプレッシングをかけても、背後にフリーの選手がいれば、パスは通される。だが、背後のマークがしっかりしたことで、プレッシングがかかる状況もつくれた。

 それでも前からプレスを仕掛けることになる前線の選手たちには、相当の負担がかかる。ここで投入されていたのは、FW浅野拓磨(ボーフム)、MF南野拓実(モナコ)、MF堂安律(フライブルク)という機動力があり、球際で戦え、フォア・ザ・チームの精神で走り続け、なおかつ一発を持つ選手たちだ。浅野と南野は、最近のコンディションやパフォーマンスから、W杯のメンバー入りにも疑問の声が挙がっていたが、森保監督はW杯で戦力になることを見越していた。

ドイツにとっても予想外の選択、一人一殺できる個の能力ある選手がもたらす安心感

 長らく日本代表を追っている報道陣にとっても衝撃だったこの策は、ドイツにとっても予想外だったのだろう。前半の日本がピッチ内で修正できなかったのと同じように、ドイツも日本に逆転されるまで、この状況を修正できなかった。

 ここでカギになったのは、個々の能力の高さだ。ドイツの選手たちを相手にしても、一人一殺ができる個の能力がある選手たちが、今の日本にはいる。そして、状況によっては、それを上回れる選手もいる。ウイングバックを務めた、MF三笘薫(ブライトン)とMF伊東純也(スタッド・ランス)だ。前者は圧倒的なテクニックを生かしたドリブル、後者は爆発的なスピードで、サイドの攻防で優位に立つことができる。彼らの個の力を使いながら、あくまで組織的に日本はドイツのゴールへ迫っていった。

 前半あれだけ重く見えた1失点だったが、後半の戦術変更後、チームの意思統一を図るうえでは非常に有効でもあった。冨安は「ビハインドの状況だったので、後ろは同数(1対1)を受け入れて、前へ点を取りに行く姿勢を見せに行くことができたと思います」と、語った。仮に0-0であれば、このスコアを維持したいという気持ちが後ろの選手たちに芽生えたかもしれない。それが前半に失点をしていたことで、攻めて点を取らなければ勝点を挙げられないと、攻撃的に行くことを受け入れる点でプラスに作用した。

最後の7分は「長く感じた」、4年前から大きな成長の兆し

 5人の選手交代を行った日本は、最終的にDF板倉、吉田、冨安、ボランチに遠藤、MF鎌田大地(フランクフルト)、右ウイングバックに伊東、左ウイングバックに三笘、2シャドーに堂安と南野、1トップに浅野という、これまでに一度も見たことのない超攻撃的な布陣で戦っていた。

 最後の選手交代が行われた後半30分、日本は最後に投入された10番・南野のシュートをGKマヌエル・ノイアーが弾いたところを、堂安が詰めて同点に追いつく。相手の混乱を感じ取り、自分たちの思い通りに攻めて、同点に追いつけたら、その流れに乗って継続することは難しくない。同点ゴールから8分後には、板倉のロングフィードを受けた浅野が、強烈なシュートをゴールネットに突き刺して一気に逆転した。

 残り時間の7分、ピッチにいた選手たちは「長く感じた」と口を揃えた。だが、有効な打開策を見いだせなかったドイツは、時間の経過が早く感じられていただろう。終盤にはリュディガーだけでなく、ノイアーもセットプレーで攻撃参加したが、日本がリードを守り切り、W杯で初の逆転勝利を収めた。

 綿密な分析、適したタイミングの戦術変更、マインドを統一させるスコアの状況、さらにドイツという世界屈指の強豪の選手とも、個で渡り合える選手たちの力量。4年前、2-0とリードした状況から、3失点を喫して逆転負けした日本が、この4年間での大きな成長を示す一戦となった。(FOOTBALL ZONE特派・河合 拓 / Taku Kawai)