カタール・ワールドカップが始まって、1週間ほどが経つ。優勝候補と言われた国でも、苦戦を強いられている。そのひとつが、アルゼンチン代表だ。初戦でまさかの黒星を喫したが、第2戦で勝利。優勝の可能性を、サッカージャーナリスト・後藤健生が考察する。

■サポーターの叫び

 グループリーグ初戦でサウジアラビアにまさかの逆転負けを喫したアルゼンチン。メキシコ戦ではリオネル・メッシが1ゴール1アシストの活躍でアルゼンチンを勝利に導いた。

「メッシが勝利に導いた」というのはきわめて陳腐な言い回しだが、この試合は必ずしもアルゼンチンがゲームをコントロールできていたわけではないので、文字通り、メッシがいなかったら結果はどうなっていたかわからない試合だった。

 前半はメキシコの前からのプレッシングが機能した。中盤で激しくプレスをかけてボールを奪うと、メキシコはトップのアレクシス・ベガやシャドーストライカーのルイス・チャベスが仕掛け、アルゼンチンがファウルを交えながらなんとかストップするという展開が続いた。

 メキシコのプレッシングがこれだけ有効だったのは、アルゼンチンのボール回しが遅いからだ。

 パスを受けても、ワンタッチで自動的にパスが展開されることはなく、必ずボールを持った選手が立ち止まった状態になるので、まさにメキシコにとっては狙いどころがあちらこちらに存在する状態だった。

 ルサイル・スタジアムで行われたこの試合では、僕はデスク付きではない座席の割り当てを受けた。1列後方はアルゼンチンのサポーター(インチャ)たちだった。口々に応援のチャントや歌をがなり立て続けている。

 だが、そんなアルゼンチンのサポーターたちからも、アルゼンチンのMFがボールを持って、立ち止まって次の展開を考えるような場面では「ラピード、ラピード(早く、早く)」と叫んでいた。

 アルゼンチン人にとっても、やはり「展開が遅い」と感じたのであろう。

■幼少期から育む武器

「これでは、ヨーロッパの強豪国と対戦したら、ひとたまりもないのではないだろうか」。僕はそんなことを考えながら、試合の経過を見ていた。

 アルゼンチンは無敗で南米予選を勝ち抜き、また現在のコパアメリカ・チャンピオンである。南米大陸ではブラジルと並んで無敵の存在だ。だが、ヨーロッパ・サッカー連盟(UEFA)がネーションズリーグなる新たな大会を立ち上げたおかげで、南米の強豪チームと言えども、ヨーロッパのチームとの対戦ができなくなっているのである。

 メキシコのプレスは相変わらず、強烈だ。そんな展開を見ていると、この試合もメキシコが勝利するのではないか。そんな気もしてきた。

 メキシコ代表の監督はアルゼンチン人のヘラルド・マルティーノ。母国のサッカーの問題点を徹底的にえぐってきたわけである。

 アルゼンチンが勝ち続けてきたのは、一つにはヨーロッパとの対戦が少なかったことが原因である。そして、もう一つの理由はメッシの決定力に頼ってきたからなのである。

 さて、メキシコとの試合だが、メキシコの激しい攻撃にさらされながらも、アルゼンチンはしっかりと守り続けた。いわゆる「球際」の強さのおかげだろう。

 アルゼンチンの育成段階では、とにかくボールの奪い合いが大切にされる。少年たちのトレーニングでは多少の(いや、相当な)ファウルをしても、コーチたちは試合を止めたりはしない。とにかく、延々とボールの奪い合いを続けるのである。

 そんな中から育まれた「球際」の強さ。これを武器にして、アルゼンチンはメキシコの攻撃をしのぎ切った。

■劣勢を変える一振り

 そして、前半の30分を過ぎるころからメキシコのプレッシングの激しさが急に失われてきた。試合開始からハイプレスを敢行したことで疲労が溜まったのであろうか。あるいは、アルゼンチン選手との1対1の攻防で疲弊したのであろうか……。

 メキシコは前半終了間際にベガが2本のシュートを放ったのを最後に(1本は直接FK)、後半に入ると攻撃力が大きく低下してしまった。

 そして、後半に入るとアルゼンチンがようやく攻撃に出た。もっとも、中盤でのパスの回りの遅さが解決されたわけではない。ただ、メキシコのプレッシングが弱まっただけだ。

 そして、アルゼンチンも攻撃には出るのだが、なかなか決定機を作れない。大きなチャンスといえば、52分に正面のFKをメッシが狙ったくらいのものだ。

 ところが、そうしたゲームの流れを“メッシの一振り”が変えてしまったのだ。

 とくに、アルゼンチンが決定機を作ったわけではないし、メッシのシュート自体も「ゴラッソ」という類のキックではなかった。ゴール正面付近20数メートルのところから放った、コントロールされたメッシのシュートは「ここしかない」というコースを通って右下隅に決まった。

 狙い通りのコースにシュートを放つことができるだけのキックの技術。そして、シュートを放つタイミングの絶妙さ。第1戦でロベルト・レヴァンドフスキのPKを止めて見せた名GKギジェルモ・オチョアもメッシのこのシュートには反応できなかった。