ワールドカップ・カタール大会は、アルゼンチンの36年ぶりの戴冠で幕を閉じた。当代随一のスーパースターであるリオネル・メッシを擁し、圧倒的な攻撃力を誇りながらも、長年優勝から遠ざかっていたアルゼンチン。しかも初戦では格下とみられていたサウジアラビアによもやの敗戦を喫しており、この時点で優勝を予想した人は決して多くなかったと思われる。

 個々のタレントの質でいえば、フランスやブラジルの方が上だったかもしれない。だが、アルゼンチンはチームが団結し、大会中にみるみる逞しさを増していった。決勝のフランス戦では、テレパシーでも通じているかのようにワンタッチパスが次々と繋がり、前回王者を圧倒。攻撃が噛み合わず焦りばかりを感じさせたサウジアラビア戦とは、まるで別のチームのようだった。メッシにカップを掲げさせたいとの思いもあっただろう。サッカーはチームスポーツであり、最強の武器は“チームパワー”なのだと、アルゼンチンは大会を通して示してくれたのだ。

初戦でサウジに衝撃の敗戦 だが、そこからが強かった

 なにかと波乱が多かった今大会。その最初の衝撃は、アルゼンチンの敗戦だった。グループステージ初戦の相手はサウジアラビアで、開始直後の2分にアンヘル・ディ・マリア→ラウタロ・マルティネスとつないでチャンスを作り、リオネル・メッシがフィニッシュした。GKにセーブされて得点にはならなかったが、幸先の良い入りだった。

 実際、10分にはロドリゴ・デ・パウルが倒されてPKを獲得し、メッシが決めて早々に先制点を奪った。その後も相手最終ラインの裏にある広大なスペースを突き、次々にゴールを強襲した。しかし、いまひとつタイミングが噛み合わない。22分、メッシが抜け出してゴールネットを揺らしたが、オフサイドで無効。27分にはラウタロが抜け出して右足ループシュートを決めたが、VARでオフサイドに。さらに、ラウタロは35分にもメッシからのパスを受けてゴールネットを揺らしたが、今度はオフサイドディレイでノーゴールとなった。

 試合をコントロールし、多くのチャンスを作り出した45分間だった。しかし、スコアは1-0と僅差だった。内容から気持ちに余裕が生まれたのか、後半になって最少得点差を守れないどころか、48分、53分と短時間に連続失点し、よもやの逆転を許す。結果はアルゼンチン1-2サウジアラビア。ただ、「これがW杯だ。次の2試合に向けて、前に進んでいかなければならない」と語っていたのはリオネル・スカローニ監督で、ここからのアルゼンチンは粘り強かった。

 第2戦の相手は難敵メキシコ。連敗するとGS敗退となるいきなりの崖っぷちであり、サウジアラビア戦からスタメン5人を入れ替えて臨んだ。メキシコも初戦で勝点3を取れず、この試合が重要な意味を持っていた。必然、立ち上がりから一進一退の激しい攻防になり、目の離せない展開になった。

 前半を0-0で折り返すと、試合は64分に動いた。動かしたのは、やはりメッシだった。右サイドのディ・マリアから横パスを受け、1トラップで好位置にボールを置く。素早い動作でそのまま左足を振り抜き、低弾道の鋭いシュートをゴールに突き刺して先制した。

 1点をリードしたアルゼンチンはしたたかで、初戦とは試合の運び方がまるで違っていた。リサンドロ・マルティネス、ニコラス・オタメンディの両CBは安定しており、デ・パウル、交代出場した21歳のエンソ・フェルナンデスのダブルボランチはトランジションが早く、試合をうまく締めていた。87分にはショートコーナーからそのE・フェルナンデスが右足インフロントで技巧的なシュートを決め、追加点を奪って勝利を決定付けている。

 大会中に大きな成長を見せたアルゼンチンだが、その最初のきっかけがこのE・フェルナンデスの起用だったかもしれない。ポーランド戦でスタメンを勝ち取ったE・フェルナンデスはDF陣とともに、相手エースのロベルト・レヴァンドフスキの封じ込めに奔走。これにより[4-3-3]の3トップに変更した攻撃陣は、いよいよこの試合で爆発することになる。前半のメッシのPKは失敗に終わったものの、後半早々に雰囲気を変えることに成功。良い動きを見せたのは右SBナウエル・モリーナで、中盤のハーフスペースでパスを受けて前方のディ・マリアへパスを出し、自分は外に走って相手陣内の深いところでまたパスを受ける。そして、ゴール前に走り込んだアレクシス・マックアリスターに正確なクロスを送り、試合をブレイクする貴重な先制点をもたらした。

 繰り返しになるが、1点をリードしたアルゼンチンは試合運びが本当にうまい。23分には右サイドからリズムよく正確にパスをつなぎ、最後はE・フェルナンデスからのラストパスを受けたアルバレスが軽快な2トラップから右足シュートを決めてリードを広げる。

 サウジアラビア戦の敗戦を良い教訓とし、その後も攻撃の手を緩めず、終了までに4度の決定機を作り出している。メッシがボールを持てばもちろん、メッシが厳しくマークされればまわりの選手が効果的に動き、チャンスを作り出す。サウジ戦<メキシコ戦<ポーランド戦と徐々に攻撃の幅を広げ、勝点6としてGSを首位通過した。サウジアラビアに敗れた脆弱なアルゼンチンの姿は、もうそこにはなかった。

幾度となくピンチ迎えた決勝T 守護神の覚醒がチームを救う

[特集/W杯カタール大会総集編 01]“チームパワー”で掴み取った36年ぶりのトロフィー アルゼンチン・激闘7番勝負
大会最優秀GKに選ばれたマルティネスは、オランダとのPK戦で2本のシュートストップを披露した photo/Getty Images

 安定した守備から、速攻でゴールを奪うという形をGSで確立したアルゼンチン。ラウンド16で対戦したオーストラリア戦も同じだった。GSで[4-4-2][4-3-3]を使い分けてきたスカローニ監督の選択は[4-3-3]で、E・フェルナンデスをアンカーに、インサイドハーフがデ・パウル、マックアリスター。前線がメッシ、アルバレス、パプ・ゴメス。より多くの選手がゴール前に飛び込んでいける布陣となっていた。

 いかにアルゼンチンといえども、整備されたオーストラリアの守備組織を崩すのには少し苦労した。しかし、きれいに崩せなくてもなんとかしてしまうメッシの存在が、この試合でもものを言う。

 先制点は35分に突然生まれた。右サイドで得たFKをメッシが蹴ると、相手DFに一度はクリアされる。これを拾ったマックアリスターが縦パスを入れ、セップレイで攻撃参加していたオタメンディが丁寧に落とす。その先にいたのはメッシで、ワンタッチしてから素早く左足を振り抜くとボールは逆サイドのゴールネットに突き刺さった。

 後半になると同点を目指すオーストラリアが攻撃的にシフトしてきたが、こうした展開はもはやお手のものだった。最終ラインからビルドアップしようとする相手に前線からプレッシャーをかけ、攻撃のカタチを作らせない。57分にはデ・パウル、アルバレスで追いかけてGKのミスを誘発し、最後はアルバレスがボールを奪ってゴールに流し込んで2-0とした。

 その後に1点を返され、さらに終了間際にも危ないシーンがあった。しかし、今度はGKエミリアーノ・マルティネスが存在感を見せつける。ビッグセーブで同点を許さず、準々決勝進出を決めた。そのオランダ戦でも、守護神であるE・マルティネスは大きな仕事をすることになる。

 右にデンゼル・ダンフリース、左にダレイ・ブリント。中盤両サイドに強力な“鎗”を持つオランダとの対戦を迎えて、スカローニ監督は[3-5-2]を選択した。

 この布陣がうまくハマり、立ち上がりからペースをつかんだ。35分にはメッシのパスを受けたモリーナが先制点を奪い、1-0で折り返す。後半も主導権を握り、73分にアクーニャがPA内で倒されて得たPKをメッシが決めてリードを広げた。普段なら残り時間をうまく使って勝利というところだったが、W杯の準々決勝はそう簡単ではなかった。

 オランダの交代策、パワープレイに押され、自陣にいる時間が長くなっていく。83分に交代出場していた身長197センチのボウト・ベグホルストにヘディングで1点を返され、状況はより悪くなった。それでも10分のATをなんとか必死に耐えていたが、本当に残り時間わずかとなってFKを与えてしまう。90+11分、見事にデザインされたプレイでベグホルストにまたも決められ、土壇場で追いつかれた。その後の延長線でも勝負はつかず、PK戦へもつれこむ。

 準決勝進出をかけたPK戦で輝いたのが、守護神E・マルティネスだった。1本目のフィルジル・ファン・ダイクを右に飛んでストップすると、2本目のスティーブン・ベルハイスは左に飛んでストップする。一方、アルゼンチンはメッシ、レアンドロ・パレデスが成功して優位に進めた。PK戦において、序盤の2本差が引っ繰り返されることは滅多にない。最後は5人目のラウタロがゴール左に落ち着いて決め、2-0から追いつかれた死闘をPK戦(4-3)で制して4強入りを果たした。

アルバレスが新たな武器に 老獪なクロアチアをも圧倒

[特集/W杯カタール大会総集編 01]“チームパワー”で掴み取った36年ぶりのトロフィー アルゼンチン・激闘7番勝負
クロアチア戦でのアルバレスの追加点。アルゼンチンの新たな武器となったストライカーは、相手と交錯しながらも得点機を見逃さずに仕留めた photo/Getty Images

 準決勝で戦うクロアチアには、4年前のGSで戦って0-3で敗れていた。しかし、「4年前とはまったく違う試合になるだろう。われわれには新しい武器もあるし、前回からの経験も残っている」と語っていたのはニコラス・タグリアフィコで、この言葉どおり新しい武器のひとつ=22歳のアルバレスが際立った活躍をみせた。

 まずはアルバレスの抜け出しからPKを得て、アルゼンチンは32分に幸先よく先制。そして、アルバレスがより輝いたのは39分のプレイだ。相手CKをクリアし、アルゼンチンのカウンターがはじまる。アルバレスがボールを持ったのはまだ自陣で、左右どちらにもサポートの選手が駆け上がっていて選択肢が多かった。クロアチアから見れば、パスを警戒する場面だったはずだ。しかしアルバレスはどんどん縦に突き進み、2度相手との交錯がありながらボールは失わず最後は自分でフィニッシュ。

「ドリブルをはじめたとき、チームメイトが動いているのが見えた。相手に捕まりそうになり、実際に交錯もあったが幸運にもボールが足元に残ってくれた」(アルバレス)という追加点で勝利にグッと近づいた。

 アルゼンチンは今大会を複数のフォーメーションで戦ってきたが、この日は[4-4-2]でメッシ、アルバレスの2トップという布陣。両者は意思の疎通が取れていて、69分にも両名でゴールを奪った。というか、メッシが95パーセントお膳立てし、アルバレスが最後を締めくくった。

 タッチライン際でボールを持ったメッシがドリブルをはじめる。マークにつくのはクロアチアの若手ナンバーワンDFのヨシュコ・グヴァルディオル。興味深いマッチアップだったが、シーズン中で身体がキレキレのメッシはどんなDFでも止められない。深いエリアまで侵入したメッシが折り返すと、その先にはフリーのアルバレスがいてダイレクトでゴールに流し込んだ。スコアは3-0。アルゼンチンは4年前のリベンジを完遂した。

「 決勝進出が決まり、とても興奮している。しかし、もう1試合ある」試合後のスカローニ監督は勝利を喜ぶとともに、しっかりとファイナルを見据えていた。

最後にものを言ったのは“チーム”としての強さ

[特集/W杯カタール大会総集編 01]“チームパワー”で掴み取った36年ぶりのトロフィー アルゼンチン・激闘7番勝負
ようやく手にしたW杯トロフィーにキスをするメッシ。86年大会で優勝したディエゴ・マラドーナ氏を思い出させる光景だ photo/Getty Images

 ついに迎えた決勝の相手は、前回王者のフランス。相手がどこだろうと、アルゼンチンには「メッシにワールドカップトロフィーを掲げさせる」という共通した強い認識があった。

 無論、これだけがモチベーションではなかったが、いざ決勝がキックオフされると、各選手が高い集中力を持って臨んでおり、強度の高いプレイを継続して王者を慌てさせた。アルバレスを中央に、右にメッシ、左にディ・マリア。アンカーにE・フェルナンデス、インサイドハーフが右にデ・パウル、左にマックアリスター。スカローニ監督が選んだこの[4-3-3]がばっちりハマり、序盤から完全に主導権を握った。

 とくに効果的だったのはディ・マリアの起用だ。21分にどこかフワフワしていたウスマン・デンベレの緩い守備をかいくぐってPA内に突入し、追いかけてきたデンベレに倒されてPKを獲得。これをメッシが決め、まずは1-0とする。勢いは止まらず、36分には見事なロングカウンターを決めた。自陣からメッシ→アルバレス→マックアリスターと素早くつなぎ、最後は左サイドでフリーになっていたディ・マリアがGKとの1対1を落ち着いて決めて2-0に。

 完全に試合を支配したうえで、35歳のメッシと34歳のディ・マリア、長きに渡ってチームを支えてきた功労者がともにゴールを決めた。後半に入ってもフランスにペースを握らせず、71分までフランスには1本のシュートすら許していなかった。この時点で、アルゼンチンはトロフィーに手がかかっていたはずだった。

 しかし、フランスは恐ろしいまでにパワフルでコマが豊富であり、そこからギアチェンジして“圧”をかけてきた。それでも、ラインを高く保ち、強度を保ってしっかりとゴールを死守していたが、80分にはラインの裏を突かれてPKを与え、81分には完全に崩されて強烈なボレーを被弾した。決めたのはどちらもキリアン・ムバッペ。あっという間に2-2となってしまう。

 前半の展開を考えれば、まさかという流れである。追い越される危険もあり、実際その後も辛い時間が続いた。しかし、2-0から2-2にされたのは今大会すでに経験済みだった。そのままズルズルといかないのがアルゼンチンで、勝利への執念、粘り、泥臭さ、各選手がこうした要素を持ち続けて90分を戦い抜き、逆転を許さずに延長戦へと持ち込んだ。

 ムバッペを抑えるべく、スカローニ監督は右SBをモリーナからゴンサロ・モンティエルに代えて延長をスタートさせた。アルゼンチンは交代選手の質、意識ともに高く、役割を十二分に理解してピッチに登場する。指揮官の選手を見極める目もたしかで、102分にはラウタロ・マルティネス、パレデスの両名を入れて疲れが見えていたポジションを強化した。108分、このラウタロが相手最終ラインの裏に抜け出してシュートを放つ。一度はGKに弾かれたが、すかさずメッシが押し込んで3-2とした。

 スカローニ監督の采配を振り返れば、3バック、4バックを使い分け、前線も2トップだったり、3トップだったり。選手の顔ぶれも変えるなど、ここまで手を変え品を変えで戦ってきた。いわば、アルゼンチンは“チーム”としての強さで勝ち上がってきていた。その中心にいたのが絶対に変わらないシンボルであるメッシで、最後にはやはりこうして大きな仕事をやってのけた。監督、選手が信頼でつながっていて、メッシという絶対的な存在がいる。だからこそ、アルゼンチンには布陣や選手の顔ぶれが変わっても軸がブレないチームパワーがあった。

「エミ(E・マルティネス)は驚異的なほど素晴らしい。世界のベストゴールキーパーの一人だ」

 これは、準々決勝でオランダをPK戦で下したあとにメッシが残した言葉である。いいチームにはいいGKがいるものだ。信じられないことに118分にまたも追いつかれて3-3となったが、120分の死闘を終えてPK戦に突入してもアルゼンチンに動揺はなかった。E・マルティネスは120+3分にあった決定的なピンチを防いでおり、自身がノッていた。PK戦前のコイントスで使用するゴールがアルゼンチンサイドに決まると、ルサイル・スタジアムを埋めたアルゼンチンサポーターから大歓声が上がった。土壇場で追いついたのはフランスであり本来は有利なはずだが、スタジアムの雰囲気は違う結果を予感させた。

 1人ずつ成功し、フランス2人目のキングスレイ・コマンのキックをE・マルティネスがセーブすると、スタジアムのムードはもう最高潮だった。さらにフランス3人目のオーレリアン・チュアメニがゴール枠を外すと、いよいよその瞬間が間近に迫る。アルゼンチン4人目のモンティエルが落ち着いてしっかりと決め、W杯史上に残る激戦に終止符が打たれた。

 アルゼンチンが前回W杯を制したのは、1986年である。ディエゴ・マラドーナの個人技が際立つチームで、とても魅力的だった。メッシもまた、卓越した個人能力でこれまでも“違い”を見せてくれた。ただ、メッシだけでは間違いなく優勝できなかった。E・フェルナンデス、アルバレスといった若手に、守護神E・マルティネス……。ひいては、スカローニ監督が起用したすべての選手が役割を果たさなければ、この優勝はなかった。試合を経るごとに団結力を増し、成長を続ける姿は、これまでのアルゼンチンにはなかったものかもしれない。

 メッシは最後のW杯と語る大会で、ついにトロフィーを掲げた。これまでW杯では苦杯をなめ続けてきたが、後続にも頼もしい選手たちが出てきた。アルゼンチンを愛するメッシにとって、心の底から喜べる優勝になったのは間違いない。

 優勝決定後、チームに帯同していたOBのセルヒオ・アグエロがカップを掲げるひとコマもあった。すでに引退した選手までもが一丸となり、36年ぶりの優勝に貢献する。まさにカギは“チームパワー”であったことを、このシーンが象徴していた。

文/飯塚 健司

電子マガジンtheWORLD(ザ・ワールド)276号、12月20日配信の記事より転載