4年に一度の祭典が終了した。アルゼンチンの36年ぶりの世界一で幕を閉じたが、カタールワールドカップは多くのサプライズに彩られた大会だった。世界のサッカーの「勢力図の異変」は、なぜ起きたのか。サッカージャーナリスト・後藤健生が考察する。

■優勝候補は4チーム

 今大会で優勝を狙える力を持っていたのは、間違いなくブラジル、アルゼンチン。そして、イングランドとフランスの4チームに絞られていた。

 しかし、イングランドとフランス、そしてルカ・モドリッチ以下の中盤の構成力と粘り強さで再びベスト4に進出したクロアチアこそその実力を遺憾なく発揮したが、それ以外のヨーロッパの伝統国はいずれもチーム状態が悪く、敗退は当然の結果だった。

 たとえば、日本代表に逆転負けを喫したドイツとスペイン。

 ドイツは、最終ラインの守備力に不安を抱え、さらに守備ラインから中盤へのパス供給もスムーズさに欠けていた。日本戦では前半は個人能力の差を生かしてボールを支配してPKを獲得して先制したものの2点目を奪えず、後半に入って日本が間合いを詰めて1対1の勝負を挑んでくると、不安視されていた守備の綻びが表面化して2点を奪われて逆転負けを喫した。

 スペインは、明らかな得点力不足だった。

 パスをつなぐ技術では、スペインは今でも世界最高のレベルにあるから、どの試合も相手を上回るボール保持率を記録したが、それが決定機に結びつかないのだ。相手GKの攻守やゴールの枠に嫌われたのではなく、決定機自体を作れなかったのだ。

 初戦のコスタリカ戦こそ7得点を奪ったが、その後はドイツ戦、日本戦が1点。そして、堅守のモロッコ相手には120分戦って無得点。

 ドイツやスペインの問題点は、大会前から分かっていたことだったが、全く改善されていなかったのである。

■11月開催の影響

 同様に、ヨーロッパの他の伝統国もまったく迫力を欠いていた。

 たとえば、この10年近くFIFAランキングでトップの座を争っていたベルギーは、ケビン・デブライネこそ素晴らしいプレーを見せていたが、エデン・アザールやロメル・ルカクはまったく迫力を欠き、“小粒感”抱かせた。ベルギーは3試合を戦って得点はカナダ戦の1ゴールにとどまった。

 ポルトガルは、ガーナとウルグアイに連勝して順調な滑り出しかと思われたが、グループリーグ最終戦で韓国に逆転負けを喫する。そして、ラウンド16でスイス相手に若手のゴンサロ・ラモスのハットトリックなどで6対1と大勝したかと思ったら、準々決勝ではモロッコに攻め手を封じられてユーセフ・エンナシリの一発に敗れて姿を消した。

 エースであるはずのクリスティアノ・ロナウドは前線のターゲットとしては悪い出来ではなかったが、かつてのような決定力は失っており、彼をどのように使うのかが定まっていなかったように見えた。そして、ロナウドの存在(あるいは不在)が、他の選手たちに心理的な影響を与えて不安定性を生み出してしまった。

 ロナウドの使い方は、この数年、彼が所属する各クラブの監督を悩ませ続けていたが、ポルトガル代表監督のフェルナンド・サントス監督も解決することができなかったようだ。

 以上に言及したそれ以外のヨーロッパの国々は存在感すら示すことができなかった。

「ヨーロッパと他の大陸間の格差がさらに開いてしまったのではないか?」という心配は、少なくともカタール大会ではまったくの杞憂に終わったようだ。

 最大の原因は、2022年大会が通常と違った11月開催となったことだったと思われる。

 ヨーロッパ各国では国内リーグがワールドカップ開幕の1週間前まで行われていた。従って、各国の代表チームは集合から約1週間の準備期間で大会初戦を迎えることとなったのだ。通常のワールドカップなら、開幕前の3週間ほどの準備期間が与えられるが、今回は調整以上の準備はできなかった。ドイツやスペインは抱えていた不安材料を改善する時間を与えられなかった。

 ヨーロッパ各国が力を発揮できず、多くの波乱が起こった原因は異例の11月だった。

■今大会の傾向は続くか

 もっとも、代表チームの準備ができなかったのはヨーロッパ諸国だけではない。サウジアラビアやカタール、メキシコなど、国内組が多いチームはしっかりと準備を行って大会に臨むことができただろうが、多くの国では代表チームの主力級はヨーロッパのクラブで活躍しているのだから、準備期間の不足はヨーロッパ諸国と同じはず。

 それでも、ヨーロッパの強豪国を倒すことができたのだ(逆に、準備期間があったはずの上記のような国はラウンド16進出を逃している)。

 だとすれば、ヨーロッパ諸国と他大陸の違いは「代表チーム」あるいは「ワールドカップ」というものへの取り組み方の差だったのかもしれない。

 UEFAチャンピオンズリーグというクラブチームの世界最高峰の戦いがあり、また大陸別選手権であるEUROという非常にレベルの高い国際大会があり、さらにネーションズリーグも発足したヨーロッパ諸国にとって、代表チームやワールドカップの重要性が他の大陸諸国ほど高くないのは間違いない。そんな意識の差が、「ヨーロッパ相手になんとか一泡吹かせてやろう」と真剣に取り組んでくる他大陸相手の試合で出たのかもしれない。

 ヨーロッパ諸国と他大陸との差が接近したかのように見えた2022年カタール大会だったが、果たしてそれが実際の趨勢を示したものだったのかどうか。それは、通常の6月開催となる2026年大会を見てみないと分からない。もっとも、次期ワールドカップは48か国が出場する大会となり、大会のフォーマットもこれまでと違うものとなる見込みであり、従来の大会とは比較にならないかもしれないのだが……。