「死の組」とも言われたグループEを、まさかの首位で突破した日本代表。ラウンド16でPK戦の末に惜しくもクロアチアに敗れ、目標のベスト8にはまたしても届かなかったが、優勝経験国のドイツ、スペインを文句なしに上回った戦いぶりは世界の称賛を浴びた。この強さは本物だったのか。また、これから日本サッカーはどんな舵取りをすべきなのか。大会中、元代表の名良橋晃氏に話を聞いた。

4年前の敗戦とは違う これからは強豪国への道筋を

─カタールW杯では、ベスト16という結果に終わりました。ただ、ドイツ、スペインを破ったことには大きな驚きがありました。この結果をどう見ていますか。

「ドイツ、スペインと同じグループでのラウンド16進出はムリだろう。そんな声が多かったなか、日本は首位でグループステージを突破しました。強豪両国を撃破しての2大会連続ベスト16はすごい結果で、まずは選手たちを讃えたいと思いますし、見ている側としても楽しめました」

「ラウンド16のクロアチア戦でも、4年前のベルギー戦とは違う成長した姿を見せてくれました。あのときは2-0から2-1にされてどこかバタバタしていましたが、いまのチームにはベルギー戦を経験した選手もいて、シンプルなプレイからイヴァン・ペリシッチに同点ゴールを決められてもバタバタすることがなかったです。4年前の敗戦とは意味が違って、間違いなく前進しているなと感じました」

─しかしやはり、PKでの敗戦には悔しさが残ります。

「実際には1-1の引分けであり、W杯でのクロアチアとの戦績は2分け1敗となりました。私が出場した1998年W杯で敗れているのでなんとか勝利してほしかったですが、PKでの敗戦はもう致し方ないです。W杯でPKを蹴ったことはありませんが、相当なプレッシャーであることは容易に想像できます。蹴った勇気を褒めたいです。東京五輪のニュージーランド戦と同じ方法でPKに臨みましたが、あのときは勝ったためなにかを言う人はいなかったです。負けたから犯人を捜し、根掘り葉掘りでは本質を見失ってしまいます。もう、3本止めた相手GKを褒めるしかないです」

─大会を通じて、日本はシステム変更を行ったりフレキシブルに戦えていましたね。

「森保一監督は相手のスタイルや状況に応じて、システム、戦術を使い分けて戦いました。5人の交代枠を使った積極的な交代策もありました。ドイツ戦では劣勢を見据え、ハーフタイムに1枚代え、システムも変えました。その後も立て続けに動き、交代で入った選手たちが得点に絡んでいます。ドイツの決定力不足を差し引いても、見事な逆転勝利でした」

─世界を驚かせた、と思ってよいでしょうか。

「今大会はいろいろなアクシデントがありました。数名のケガ人、板倉滉の出場停止、久保建英の体調不良……。こうしたなか、いまできることをしっかりとやり遂げてくれました。チーム全体でつかみ取った結果であり、世界に相当な印象を与えたと思います」

「 1993年に“悲劇”があった同じドーハの地で、しっかりと“歓喜”に変えてくれました。限りなくベスト8に近づいた大会であり、森保監督が言うように新しい時代の入り口に入ることはできたのだと感じました。だとするなら、次のステップは強豪国になるための道筋をつけることです」

攻守で主導権を握るなら精度、質の向上が必要

[特集/W杯カタール大会総集編 02]名良橋晃も驚いた日本代表の成長ぶり あの歓喜は強豪国化への第一歩だ
スペイン戦後に体調不良を訴えた久保は、不完全燃焼だったに違いない photo/Getty Images

─課題として、見えてきた部分はありましたか。

「リアクションサッカーで結果を残すことができましたが、これは中堅国の戦い方です。強豪国になるためには相手にアジャストするだけではなく、これまで日本が掲げてきた攻守で主導権を握るサッカーで勝ち切ることが必要で、この部分をどれだけ向上させられるかが重要です」

「端的にいえば、コスタリカ、クロアチアに勝てるチーム作りをしないといけないということです。今大会は自分たちでボールを握る展開になったときに苦労しました。攻撃陣のなかには、納得できていない選手も多いと思います。チームとして攻撃の原則を作るのも大事ですが、同時に戦い方の幅も必要です」

─具体的には、たとえば何が必要でしょうか。

「W杯から感じた世界との違いのひとつが、カウンターの鋭さや迫力です。準決勝のアルゼンチン×クロアチアでは、フリアン・アルバレスがドリブルからゴールを決めたときに、フルスプリントで駆け抜けていった選手が他にもいました。人数をかけた鋭さや迫力があるカウンターが飛び出すと、攻撃の幅が広がります。状況に応じて、ボールを持っていない選手もフルスプリントで前に出ていく。これが日本サッカーにも必要で、ダイナミックさが世界とはぜんぜん違うなと感じました」

「攻守で主導権を握るのはもちろん大事です。プラスしてカウンターの鋭さや迫力が必要不可欠です。クロアチアが三笘薫のところを対策してきたように、相手は日本を分析してきます。そうなると、試合中に選手の自主性が必要で、サッカーIQの高さが求められます」

─自主性が、主導権を握るというところに繋がるわけですね。

「勝利したドイツ戦から5人を代えて臨んだコスタリカ戦に敗れましたが、あそこで結果を出せるかどうかという課題も残りました。グループステージを勝ち上がるためのプランでしたが、コスタリカの粘り強い守備を崩せませんでした。アジア予選から見られたリアクションサッカーで挑んでくる相手に苦労するという課題が残ってしまいました」

─プレイの質という面ではいかがですか。

「ラウンド16を突破し、ベスト8に進出するためには基本的な部分ももっと精度を高めないといけないで
す。ビルドアップ時の止める、蹴るに関しても、ズレをなくし、スピード感をもっと高めないと8強には行けないです。一つ一つのプレイの精度をどれだけ高められるかで4年後の結果が変わってきます」

「コスタリカ戦、クロアチア戦は主導権を握る時間がありましたが、立ち位置やパスがズレていて後ろからビルドアップするときにヒヤヒヤするところがありました。主導権を握ったサッカーをするのであれば、このあたりの精度、質をもっと高めないといけないです」

─まだ、質のところで改善点はあるということですね。

「 準々決勝のクロアチア×ブラジルで延長前半にブラジルが奪ったゴールは、シンプルにパスをつないで中央突破したものでした。ネイマールのゴールでしたが、要はどこまで極められるかです。リオネル・メッシもそうですが、決して難しいことはやっていません。カタチは違いますが、日本が失点したペリシッチのゴールもクロスの質とヘディングのパワーでやられています。このあたりの精度、質を考えるとまだまだ世界と差があるなと感じます。いまJリーグで戦っている選手や指導者、育成年代の指導者の方々は感じたことがあると思うので、今後の日本サッカーの発展に生かしてほしいです」

継続的な活性化が必要だが日本は自信を持っていい

[特集/W杯カタール大会総集編 02]名良橋晃も驚いた日本代表の成長ぶり あの歓喜は強豪国化への第一歩だ
PKを外し涙する三笘。この経験が4年後に活かされるようにしなければならない photo/Getty Images

─今後、監督選びも含めて日本サッカーはどんな方向に舵取りをすべきだと考えますか。

「また新たに森保監督が日本を率いる可能性が高いです。五輪代表も含めたラージグループを形成してからのチーム作りに長けていて、選手の信頼もつかんでいます。私は続投でいいと思います。名前のある外国籍監督を招聘しても、これまでの経験からどうなるかわからない部分があります。世界的にネームバリューのある方が来たとして、日本の文化や気質とかみ合わない可能性がゼロではありません。そうなると、続投でいいと考えます」

「ただ、今大会の4試合をしっかりと分析し、次の世代に反映させないといけないです。『ありがとう』では現状から前に進めず、停滞してしまいます。攻守で主導権を握るという理想とするサッカーがあるので、しっかり分析して各分野のスタッフに今後の方向性、狙いを落とし込んでほしいです」

─W杯も今後、レギュレーションが変わっていきますね。

「チーム作りは4年というスパンでなくてもいいと思います。今後、アジアカップ(開催時期未定)、パリ五輪(2024年)があるので2年でいいのではないでしょうか。2026年W杯に向けたアジア予選に関しては、出場国数が増えるのでこれまでよりスムーズに勝ち上がれると思います。W杯本大会の開催方式がどうなるかまだ決まっていませんが、日本が越えられない現状のラウンド16がラウンド32となり、ここから勝ち上がらないといけなくなる可能性があります。こうした事情を踏まえても、まずは2年でいいかもしれません」

─世界との戦いは続いていきます。これからも日本サッカーの継続的な活性化を行なっていかなければなりませんね。

「それにしても、Jリーグが終わっているのが少し残念ですね。この勢いでJリーグがあれば、日本サッカーの活性化につながったと思います。また、あわよくばクロアチアに勝って準々決勝で日本×ブラジルを見たかったですが、これに関しては4年前と同じくまたもひとつ前で敗れて実現しませんでした。それでも、ロシア大会からの成長を間違いなく感じました。選手たちは、自信を持っていいと思います」

 日本はこれまで、W杯で優勝経験国を倒したことはなかった。ドイツ、スペインという、近年のサッカーシーンを牽引してきた大国を正面から破ったことは、間違いなく日本サッカーにとって大きな財産となった。FIFAが大会後に発表した最終順位では、日本は全体の9位ということになっている。これはベスト16で敗退したチームの中では最上位で、まさにベスト8まであと一歩だったわけだ。

 下の世代を見れば、有望な若手が続々と頭角を現してきている。今回悔しい思いをした三笘、久保、鎌田といった面々にも、年齢的に次がある。日本サッカーが継続的な強化、活性化を怠らなければ、4年後にはきっと夢の続きが見られるに違いない。

構成/飯塚 健司

電子マガジンtheWORLD(ザ・ワールド)276号、12月20日配信の記事より転載