将棋の藤井聡太竜王・名人(王位、叡王、棋王、王座、棋聖、21)が王座戦五番勝負の第4局で永瀬拓矢王座(31)に勝利、シリーズ3勝1敗でタイトル奪取に成功し、史上初となる八冠独占を果たした。2016年10月のプロデビューから約7年で、将棋界の全てのタイトルを手にするという、まさに天才にしか果たせない偉業。最年少14歳2カ月でプロとなり、破竹の勢いで勝ち続けた藤井“八冠”は、将棋史に残る名局を棋譜に残すとともに、数々の名言を生んできた。
報道陣の質問に対して「そうですね…」と軽く答えてから、頭の中で言葉を選び、整理して、一気に話し始める。中学2年生のプロデビューから八冠になった今でも、その点についてはあまり変わらないが、歳を重ねるごとにいろいろな言葉を使うことで「神の手」「AI超え」と匹敵するほど注目を浴びてきた。最初の一言は「望外」だ。
2017年4月、王将戦一次予選で相手は小林裕士七段だった。104手で勝利し、デビューしてから無傷の11連勝を飾った直後「自分の実力からすれば望外な結果なので素直にうれしい」と答えた。中学3年生になったばかりの14歳から、記者陣にとっても聞き慣れない言葉が飛んできた。少年時代から新聞や小説など、活字によく触れていたこともあってか、まだ不慣れなインタビューに対して、自然と出てきた言葉が「望外」だった。それから2カ月後、棋王戦予選で澤田真吾六段(当時)で20連勝まで記録を伸ばすと、今度は「連勝できたのは僥倖としか言いようがない」と答えた。思いがけない幸運を表す「僥倖」という言葉の通り、この一局では最終盤まで追い詰められ、いよいよ連勝記録が止まろうかという局面から、澤田六段にミスが出て大逆転勝利。咄嗟に、ぴったり来る言葉を選択できるあたり、本人にとっては親しみのある言葉だったのかもしれない。
デビューから2年が経過し、公式戦29連勝をはじめ数々の最年少記録を作り続けていた藤井竜王・名人は、イベントにもよく出席するようになる。そこで、いかにも将棋を究めようとする天才らしいコメントが飛び出した。ファンから「神様にお願いするなら?」という質問に対して「せっかく神様がいるのなら一局、お手合わせをお願いしたい」とし、これが“神回答”だと話題になった。現在は人間よりもAI(将棋ソフト)が強い時代にもなり、将棋の心理にはAIの方が近い位置にいるが、それでもなお将棋の神様がいるとすれば、AIでも示せないような手を見せてくれるかもしれない。そんな無邪気な欲求も、このコメントに含まれているようだ。
小説もよく読んできた藤井竜王・名人からは時に、詩的な表現も出てくる。それが2020年7月、ヒューリック杯棋聖戦五番勝負で、自身初となるタイトルを獲得した後の、記者会見でのひとことだ。インタビューも終盤、記者から棋士とAIとの関係、棋士同士の対決の意義について問われると「将棋界の盤上の物語は不変のものと思いますし、その価値を自分自身伝えられたらなと思います」と答えた。AIの方が強くなった現在、人間同士が戦う意味合いを全棋士が問われる中で、単に人間らしさのぶつかり合いではなく「盤上の物語」という言葉に置き換えたことも、注目される理由となった。
「望外」「僥倖」からしばらく、レアな熟語から遠ざかった印象もあった藤井竜王・名人だったが、久々に報道陣の頭に「?」を並べたのが、史上最年少で五冠を達成したALSOK杯王将戦七番勝負の後だ。対局場から富士山が見えたことで、記者から自身の現在位置について「富士登山に例えると何合目?」と聞かれると「将棋はとても奥が深いゲームで、どこが頂上なのか全く見えません。まだ頂上が見えない意味では森林限界の手前です」と返した。5合目、7合目あたりと答えるかと思いきや、まさかの「森林限界」という四字熟語に、報道陣も慌てた。高木が生育できず森林を形成できない限界線を示す言葉で、富士山では5合目付近を指す。将棋の一手同様に、想像もつかないところから言葉を持ってくるあたり、やはり藤井竜王・名人はただ者ではない。
羽生善治九段が果たした七冠独占を超え、1つ増えたタイトルまで取り切り八冠独占を果たした藤井竜王・名人。今後も、誰も踏み入ったことのない領域で戦いを続けるが、棋譜とともにどんな言葉も生んでいくか。
(ABEMA/将棋チャンネルより)