なぜ特殊な性的嗜好? “魚癖”の当事者に聞く
命が尽きる直前の魚に性的興奮を覚えるという井上さんの“魚癖”とは。まずは番組で用意した映像を見てもらった。
小ぶりな魚の映像には「サイズが小さめということもあるのだが、網の中に入ってる状態だとごちゃついて見えてしまう」とイマイチな反応だったが、次にブリなど大きめの魚の映像を流すと、「これはとても好き。凄く体がしなって、曲がる。暴れてからの弱りかけが好きなので、これをずっと映していてほしい。周りにいる漁師さんには触らないでいてほしい」と説明した。具体的にどこで性的興奮を覚えるのか。
井上さんは「陸に打ち上げられ、跳ねている状態の魚が凄く好き。水の中で直前まで力強く泳いでいた魚が陸に上げられた瞬間、何もできずにジタバタ動くしかない状態に興奮を覚える」と明かした。
「物心ついた時にはこうなっていた。テレビで釣り番組が流れている時にドキドキした感覚があったのは覚えている」と目覚めた時期に言及。人間が同じように逃げられない状態でバタバタしていたら?という問いには「興奮することは絶対にない」として、女性に対して性的興奮を感じることも「一切ない」と答えた。
なぜ魚だけが対象なのか。これについては「自分は本能の部分で、生き物の自由を奪いたいという一種の支配欲がある。だけど、愛玩動物や人間に向けてはいけないので、理性の部分で矯正していったのだと思う。かといって虫だと無機質に感じ、あまり命の感じがしない」と自己分析。日常ではYouTubeなどで、”釣り”などと検索し、魚の映像を見ていると話す。
一方で、自らが釣りに出ることはないという。これは「漁業を営む人や趣味で魚を釣っている人がいる。僕が行ったら、自分の性的嗜好のために命を消費していることになる。それは絶対避けようと思い、映像だけで済ませている」との理由からだ。
では、人と魚が一体化した人魚はどうか。この点には「もともと好きだったが、理性で”人間の部分は排除したほう”が良いという刷り込みで魚だけになった。言い方は悪いが、魚は命を奪うようなことが日常的に行われている。だから罪悪感を覚えることなく、唯一好きになれたのだと思う」と説明する。
恋愛や結婚、家族観は?

