■介護の日常と、検証されない事故の背景
凰ちゃんの世話を手伝う長男の優くん
羽藤家の朝。長男の優くん(10)、次男の杏くん(4)の姿があった。その横で緋沙子さんと同居する祖母のみゆきさんが、凰ちゃんの世話をしながら家事をこなす。凰ちゃんは、脳の神経細胞がうまく機能していないため、一日に数回、てんかんの発作を起こす。みゆきさんが心配そうに声をかける。「凰ちゃん、息してね、凰ちゃん」と声をかける。
長男を学校へ送り届けた緋沙子さんは、凰ちゃんのご飯を作っていた。15分から30分に一度、痰の吸引が必要で目が離せないそうだ。「最初、帰ってきた時は全然要領がわからなくて、2日3日ずっとここにいるみたいな。キッチンから出られないくらい、ずっとここで何かを作っていて」。
食事は胃ろうから注入。そんな弟の世話を長男の優くんも弟の世話を手伝う。そして、お風呂も要領を得るまで時間がかかった。「これでも(お風呂の時間が)短くなった。(入院から)帰ってきた1年前は、1時間半から2時間近くかかっていて。それが流れを見られるようになってからこのくらいまでになった」(緋沙子さん)
大変な介護の日々だが、羽藤家には明るさが絶えない。緋沙子さんは「入院の期間も長かったから帰ってこられたのが嬉しくて、凰ちゃんが当たり前にいるし。家にいて、お兄ちゃんたちがキャッキャいいながらここに帰ってくるのが楽しいからこんな感じになる」と話す。
ただ、凰ちゃんとの日々が日常となった今、ある疑問が湧いてくる。「死亡したから話題になったのかな、じゃあうちの子は生きているからならないのかな」(緋沙子さん)
凰ちゃんの事故からおよそ1年半後の2024年10月、北海道札幌市の保育園で当時1歳の男の子が給食の肉をのどにつまらせ死亡する事故が起きた。祖母・みゆきさんも「なんでこの1年半(凰ちゃんの事故が)このままになっていたか分からない。北海道でもあったじゃない。死亡したから話題になったのかな、じゃあうちの子は生きているからならないのかなって、すごく不思議に思う」と疑問を呈する。
札幌市の事故の場合は、発生からおよそ3週間後に市が事故を公表し、およそ1カ月後には検証委員会が設置された。
一方、北上市の八重樫浩文市長は「岩手朝日テレビで放映されたことは知っている。どこまで話していいのか、個人名も出ているので。私もこんなに長くかかるとは思っていないので、それは本当に意外。なんでこんなに事故究明に時間がかかるのかという思いはありますけれども」と、調査に1年半かかっていることへの詳しい説明はなかった。
なぜ凰ちゃんの事故の検証や公表が行われないのか、市議会が市の担当課にヒアリングを行った。市の担当者は「(国の)ガイドラインが対象としているのは、あくまで死亡事故、もしくは意識不明。意識不明というのは、どんな刺激を与えても反応しないというような状況のものとされていて。あくまでその基準で言うと、(国のガイドラインに)あてはまらない」と説明する。
国のガイドラインでは、地方自治体による事故の検証の対象は死亡事故、意識不明事故の中でもどんな刺激にも反応しない状態に陥ったもの、そして都道府県や市町村が検証を必要としたものとされている。凰ちゃんは痛みには反応する状態であるため、事故は検証・公表の基準に該当しないという判断だった。
繰り返される事故を防ぐために、そして家族の願い
