■繰り返される事故を防ぐために、そして家族の願い

緋沙子さん(左)、凰ちゃん(中)、翔さん(右)
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緋沙子さん(左)、凰ちゃん(中)、翔さん(右)

 岩手県内のある保育の現場では、朝8時からおよそ3時間かけ、100人分の給食を作っている。アレルギーの子のため決まった席があり、提供前には保育士がさらに細かく食事を刻む。

 この園の栄養士は「栄養士と保育士の考え方が違う部分があって、給食提供(栄養士側)は噛める子をつくりたいと思うが、保育士側は事故がないように刻むというところが、お互い不安な部分があるので、その都度その都度事故がないようにとは思うが、子どもたちのこれからの成長を考えると、噛める子をつくるためにはどうしていったらいいのかというのが課題になっている」と語る。

 摂食や嚥下機能に詳しく、幼児の偏食の相談にもあたっている昭和医科大学歯学部の弘中祥司教授は「効率よく食べさせている親が多いかもしれない。レトルトに頼りがちという悩みを持っている方も多いので。それを補ってあげようというふうに園のほうが一生懸命色々なメニューを考えて工夫して、食育を掲げている保育園もすごく多いと思うのでそういう取り組みは大賛成。ただ、子どもがその多様性についていけるか、ついていけないかは慎重に検討しなければならない」と注意を促す。

 弘中教授は、教育保育施設での誤嚥事故が起きやすい状況に共通点があると指摘する。「例えば2、3年通っていて事故ってあまり起きないんですよ。(保育園に)お預けして数カ月で『なんでうちの子が』というケースが多い。子どもの特性を見つけるまでに事故が起きてしまう」。

 2024年の年末、羽藤さん夫婦はこども園側との話し合いに臨んだ。緋沙子さんは「公表してほしいって言ったのも、ずっとこのまま何もなく年末まで来ちゃったから。それをどう思っているかを聞きたいのもあって」と言いながらも、「話したくない……行きたくない……」と打ち明ける。

 話し合いはおよそ2時間におよんだ。それからおよそ2カ月後、こども園から今後事故を公表するという回答と共に、当時の経緯を記した資料が届いた。資料には、「11時15分頃 自分のペースでバナナを食べ始める」「11時17分頃 『あっ・・・あっ・・・』と苦しそうな声をが確認する」「みぞおちを押す救急措置を行う」「11時22分頃 119番通報」と記されていた。救急隊が着いたのはそのおよそ10分後だった。

 羽藤さん夫婦は複雑な思いを明かした。「私たちが欲しいって言ったから、もらって『ああ良かったな』だったけれど、見たくない……」「ダメージのほうが大きかった」「聞きたくなかった」と語る。

「この人のことを喋る時に、『笑い事じゃないじゃん、なんでそんなふうに喋るの?』って言われるけれど、笑わないと喋れないから……。すごく簡単そうに笑って喋るから、重そうじゃないように聞こえるって言われたけど、私たち笑って喋らないと泣きながら喋るしかなくなるから」(緋沙子さん)

 事故は、なぜ起きたのか。なぜ知られなかったのか。あいまいなままの、今。ただ一つ確かなのは、未来へ向かって、生きているということだ。

 凰ちゃんの誕生日会。両親の目標は「笑ってほしい」。長男は「優しくなってほしい」、次男は「歩いてほしい」と願いを語る。「寝たきりになって顔がずっとこのままになっちゃったので、少しでも顔の表情が……。痛いのはわかるから痛い顔はするけど、笑うとか嬉しそうな顔をするのがまだわからないところが多いから。こうなる前の凰ちゃんの顔が見たい。笑っている顔が見たい」(緋沙子さん)

(岩手朝日テレビ制作 テレメンタリー『ぼくを知って 〜誤嚥事故は、なぜ〜』より)

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