この快挙はすぐさま日本に逆輸入され、雅氏は「世界が認めた着物デザイナー」として多くの報道陣に囲まれた。「同じことをただやり続けただけなのに…」と雅氏は戸惑った。そして報道陣が色めき立ったのは、これまで自粛を求めていた市役所のトップがそこにいたからだ。雅氏はサプライズで、新たに就任した市長にド派手衣装を手渡した。批判してきた行政のトップが自ら着こなすという、歴史的な瞬間となった。
「北九州市の若い人たちがコツコツコツコツ生み出した美意識が世界で認められようとしている。これはものすごく素晴らしいことだと思う。ぜひ否定から挑戦へ」(北九州市 武内和久市長)
2024年3月、ダウン症モデル・菜桜さんが歩いたパリ・ファッションウィークのランウェイも雅氏の作品だった。その後、台湾でのイベントやミス・インターナショナル日本代表の衣装も手がけるまでになった。
徹夜続きで新成人の晴れ舞台を見届けたばかりの雅氏を訪ねると「とりあえず片付けを」と手を動かしていた。休みはないそうで「明日、衣装の返却に何十人も持ってくる返却の日だけど、それに紛れて来年の方が来る」と明かした。
(『ABEMA的ニュースショー』より)
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