源馬謙太郎前衆議院議員
【映像】スカスカになった落選議員の部屋(実際の様子)
この記事の写真をみる(10枚)

 選挙に落ちればただの人──。永田町を去る落選議員の引っ越しを取材した。        

【映像】スカスカになった落選議員の部屋(実際の様子)

 かつては中曽根康弘総理が田中角栄元総理のロッキード有罪判決を受けて解散。田中判決解散と称された選挙は定数511で自民は250議席と惨敗。過半数には届かず、新自由クラブと連立を組むという自民党史上初の連立政権となり、自民党からは議席を失った36人が国会から去っていった。しかもその別れは準備期間を含めてわずか4日間しかない。問答無用の強制退去だ。

 2012年、当時の野田佳彦総理も突然解散を表明。「近いうち解散」と呼ばれた総選挙では、民主党は大敗。173議席を失い議員会館、宿舎から強制退去となった。

 その年に入れ替わるように議員になり、3年2か月で自ら去った宮崎謙介元衆院議員は「引っ越しは衆議院が手配してくれたと思いますが、費用は自腹でした。機密書類はシュレッダーで処分しました。忠誠心のない秘書なんかは、その手伝いをせずに就職活動に奔走したりします」と振り返る。

 パパ活辞職の宮沢博行元衆院議員は引っ越しではお金を節約したそうで「なにがなんでも復帰してやるという思いがありましたから。次に繋がるようにキレイに捨ててしまおうという思いだった」と回顧した。

 そんな中、どうしても捨てられなかったという思い出の品があるという。宮沢氏が初当選した2012年12月16日の日めくりカレンダー。額に入れて大事に飾っていたという。「支援者さんがくれて。もう干からびているでしょう?」。さらには、こんな思い出の品も。「市議会議員の時から使っている(虎の)トレードマーク。これを彫刻にして送ってくれた人がいた」「航空自衛隊のジャンパー。これが陸海空と揃っていますので、これは捨てられなかった」。

中道のベテラン議員も撤退を余儀なくされ…
この記事の写真をみる(10枚)