◆自慢の父、その裏側にあった違和感

晴さん
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 沖縄で生まれ育った晴さんは幼少期、父親のことを「大学の先生をしているから忙しくてお家に帰れない…自慢の父だな」と思っていた。しかし、成長とともにその認識には綻びが生じ始める。

 「私が小学校に上がって、普通ならお父さん・お母さんが学芸会や運動会という学校行事に来て応援してくれる。入学式、卒業式、必ずその節目には来てくれるはずの親が来ない。毎回毎回、毎年毎年。それが1年経ち、2年経ち、それがつらかった」。

 学校行事における父親の不在は、物理的な寂しさだけでなく、精神的な孤独も深めていった。運動会の昼食時、周囲が家族で賑わう中で「母と2人だけで食べないといけない寂しさ」を感じていた晴さんは、小学校5年生で久しぶりに再会した父に対し、さらに違和感を強めることになる。

 「中学生ぐらいの時に『やっぱりおかしいよね』と。誕生日に電話の1本もない。おめでとうの一言もないというのは、やっぱりこれは普通じゃないなと」。

 晴さんが当時最も苦しんだのは、家庭の事情を誰にも話せず、また母親に真実を問いただすこともできないという閉塞感だった。「母に聞きたくても聞けない。聞いたらきっと悲しむだろうなと感じていた」。

 日常生活の至るところに「父」の影が潜んでおり、そのたびに彼女の心は揺れ動いた。「テレビで父親が出るようなテレビドラマがあったら、なるべくチャンネルを変えたりした。親戚同士が集まった時に、父親の話になりかけた時に、なんか気まずい感覚がいつもあって、常に内側がざわざわしていた」。

◆21歳で突きつけられた「認知」という現実
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