海辺の町で生まれた缶詰のきっかけとは
番組は、黒潮町缶詰製作所の立ち上げに携わり、現在代表取締役を務める友永公生氏に話を聞いた。
「災害を受けていないのに、過疎化が加速してしまった」(友永氏、以下同)
友永氏はもともと高知県黒潮町の職員で、防災担当を8年間務めていた。そんな中、2011年3月に起きたのが東日本大震災だった。震災直後、東北の被災地に足を運んだ友永氏は感じたことを次のように語った。
「小規模な谷ごとに港があり(黒潮町と)似た風景がたくさんある。本当に自分の町が被害を受けたような、我がこと感として切実に感じる場面が多かった」
そしてその翌年、黒潮町を揺るがす、ある数字が公表された。南海トラフの巨大地震が発生した場合、日本一となる最大「34.4m」の津波が黒潮町に押し寄せるとされたのだ。この公表によって、町では避難することへの「諦め」が広がったという。
「震災前過疎という現象が起きた。危ない町だからということで、町を出ていく。災害を受けていないのに、過疎化が加速した」
こうした状況に黒潮町は、犠牲者ゼロを掲げ、「津波避難タワー」の建設や「避難カルテ」の作成など、様々な対策を講じた。
ただ、もともと産業が少なく、仕事を求めて町外に出ていく人が多い中で、雇用の問題だけが取り残されている状況だった。そこで、町が考え出したアイディアがあるという。
産業が少ない町の雇用問題を解決する方法
