「まさに地獄」最前線で命と向き合った警察官らのあの日…「おじいさんか、女子中学生か」助ける人を選ばなければならない葛藤。宮城県内では14人が殉職 東日本大震災

テレメンタリー
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■「おじいさんか、女子中学生か」助ける人を選ばなければならない葛藤

永野裕二氏
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 沿岸部では、懸命な救助活動が行われていた。県警機動隊の特別救助班長だった永野裕二氏は「向こう端に要救助者がいっぱいしゃがみ込んで、シートを被ってしゃがんでいたのは覚えている」と振り返る。当時、ヘリコプターで孤立した人の救助にあたった。

「暗くなってしまって、もう限界だとヘリコプターの方からも聞いて、最後の1人、この人しか上げられないという時に、何でここに残らなかったのかと思った。私がヘリコプターに戻る分、もう1人上げられたかもしれない」(永野氏、以下同)

 永野氏には、当時の活動で忘れられない現場がある。「横断歩道橋も取り払われた。操縦が厳しいのを知っていたから、なるべく早く早くという気持ちで活動にあたった」。

 午後5時45分ごろ、日没を迎え、ヘリの活動が限界に近付く中、歩道橋でおよそ50人の要救助者を発見した。歩道橋の下は水とがれきに覆われ、火災が発生していた。ずぶ濡れの女性や赤ちゃんなど4人をつり上げ、救助できるのはあと1人だけだった。

「白いカーディガンを着た女子中学生を上げようとした。歩道橋の端からおじいさんが出されて、『おじいさんを助けてください』と。おじいさんを助けたら良いのか、このまま女子中学生を上げたら良いのか、迷っていた。すると女子中学生が『私は後で良いです』と言ってくれた。それをきっかけにおじいさんに救助道具をかけ直して引き上げた」

  助ける人を選ばなければならない、葛藤。その後、歩道橋に取り残されていた人たちは水かさが下がった夜、地元の消防などに救助されたという。地震発生から11日間、全国からの応援を含めた警察のヘリで262人を救助した。

「自分が救助したのは、自分で救助要請ができた方、自分たちのヘリコプターに手を振ることができた方。それ以外にも手を振れなかった方、救助要請もできなかった方がたくさんいる。その人たちに気付かずにヘリコプターで飛び越えてしまった。何で気付かなかったのか。後悔ではないが、自分たちの力が足りなかったのではないか」

「後ろに1000体待っています」限界を超えた検視現場
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