平石氏 例えば、選挙中の収益化を止めるとか、できるところから手を打っていくといった具体的なものは何かありますか。
東氏 制度としてやろうと思うと難しいし、抜け穴が出る。国民のリテラシーが育つのを待つしかないと思いますね。僕からすると、YouTubeで100万再生とか回ったって、実際にはたいしていいことなんかないと思うんですよ。なんでみんな、あんなに目立ちたいんですかね。「政治について議論したいんだったら、真面目にやろうぜ。なんで政治についての議論が100万回も回らなきゃいけないんだよ」みたいに思います。そういう気持ちです。
そもそも、政治家にとっては、地元の支持が一番大事で、究極はそれだけが大事じゃないですか。YouTubeで全国区になることに何の意味があるんだろうと思うんです。現実的に考えると、地元に戻ったとき「この間、ひろゆきさんと喋ったんですよね?」みたいなことを言われるから、それが結果的に票に結びつくという発想なんだろうけど、本当にそこまで効果的なのかなと思います。
そんなことよりも、もし動画を使うのだったら、自分の選挙区にいる10~20万人の有権者を足固めするために動画を使えばいいのにと思うんです。だってみんなとしゃべるわけにいかないから。むろん、そんな番組を作っても選挙区の人しか視聴しないから視聴回数は少ないだろうけど、足元の有権者への効果は大きいと思う。
僕も、「シラス」や「ゲンロン」でやっていることは、要は自分のコミュニティの足固めです。ひろゆきさんと番組をやれば、うちの会員の人からも「ひろゆきさんとの番組、見ました。面白かったですね」と言われるんだけど、それで会員が伸びるか?といったら、そうでもない。僕が持っている数千から数万のオーダーのファンたちとのコミュニティを強化して、その人たちに信頼を得て、自分がやりたいことをできるようにすることが大事で、そのために動画メディアを使っています。みんな再生回数に目がくらまされているんじゃないですかね。
平石氏 ゲンロンカフェのような場で、視聴者も交えて議論するとなると、一人ひとりの声をどう受け止めるのかということになります。
東氏 大前提として、コミュニケーションが難しい人たちは確かにいるし、いろいろなトラブルが起こります。だけど、最初はノイズのように見えても、それをピックアップして話を聞くと、意外とちゃんと話ができることはよくある。
例えば、うちでやっている選挙特番ですが、昨年の参院選の時は、ここの会場にも参政党の支持者が来たんです。他にも共産党とか、チームみらい、立憲民主党とか、いろいろ。参政党を支持する人たちについて、他党に投票した人はまずは「デマに騙されている人」みたいな構えから入るわけですが、いざ話を聞いてみると、すごいちゃんとしている。「参政党の政策についておっしゃる批判はよくわかる。自分もそこはおかしいと思っている。ただ、僕の周りの状況はこうでこうで…」とかしゃべられると、「なるほど、それならわかる。参政党に入れるよね」となる。だから一見するとノイズに見える人も、話を聞いたら深くなる可能性があるわけです。
こういう事例を積み重ねると、今までノイズだと思っていたものも組み込むことができて、全体の状況が良くなっていく。人々がノイズだと思うものについて、レッテルを貼らないで、ちゃんと聞いてみましょうということを、メディアが率先してやるべきだと思いました。
平石氏 オープンの場において、考えが違う人同士のやりとりは、成立するということでしょうか。
東氏 成立します。集まった人たちで「俺たちの支持政党を決めよう」としたら、それはむろん決裂するけど、対話とはそもそもそういうものじゃない。別に合意を取らなくていい、それぞれの物語を語ろうだったら大丈夫だし、それでいいわけです。そもそも社会というものは、全員が同じ政党を支持しているから、成立しているわけじゃないでしょう。実際には、いろいろなビジネスでの関係者や取引先がいて、お互いに政治的な思考も違うはずですが、それが集まり、網の目のように作ってるのが社会なんですか
つまり、社会は政治より大きいんです。そして、僕たちが守らなきゃいけないのは、この社会のレベルのお互いの信頼度です。あいつは参政党だからダメ、あいつは共産党だからダメ、あいつは自民党だからダメ、と政治に話ばかりしていたら、それが壊れてしまう。今のSNSはそういう風になっているけど、それとは違うレベルで政党支持の物語を聞く場所を作るべきだと思います。
平石氏 有権者のピックアップは難しいと感じませんか?
東氏 コーディネーター側の問題だと思います。出演者に過激なことをしゃべらせて、嫌な思いをする人がいたとしても「それが社会だ」みたいなことで正当化しているタイプのネット番組がありますよね。ああいうものは、僕は下品だと思っています。ゲンロンで選挙特番を、夜中にずっとやって、アルコールさえ入っていたけれど、ヘイト発言なんて出ませんでした。
いま、”自分たちの声が聞いてもらえない”という気持ちは、有権者や視聴者にすごく多いと思うんです。「俺にも出させて」「俺にも言わせろ」みたいな。僕は、メディアはそれをもっと引き受けていいと思います。初期はある程度、変な事故やトラブルが起きたりすると思うけど、それがいつしか「アベプラだったら安心して言える」「アベプラだったら俺の声を聞いてくれるかもしれない」となれば、それはブランド力として育っていくと思います。
SNSでみんなが発信できるようになっているけど、逆にみんな自分の声が届いてないと感じていると思います。今はマスコミ不信みたいなものもあります。だから、そういう場を積極的に作っていくのはいいんじゃないでしょうか。
「ゲンロン」の今後は