自民党の「党是」歴代総理の“意欲”と“挫折”
憲法改正は自民党の「党是」であり、結党以来70年変わらない「党としての根本方針」だ。1955年、結党と同時に示した党の綱領には「現行憲法の自主的改正を始めとする独立体制の整備を強力に実行し、もって、国民の負託に応えんとする」と書かれている。
それから70年。戦後のほとんどの時期、政権を担ってきたのは自民党だった。にもかかわらず、歴代総理の誰1人として憲法を変えることはできなかった。
鳩山一郎元総理(在任1954〜1956)は「憲法改正は必要だ」として、自分たちの手で憲法を作る、自主憲法制定論を高々と掲げた。しかし党内での対立があったり、衆参の選挙で3分の2には届かず、夢は頓挫した。
岸信介元総理(1957〜1960)は「自主憲法」を党是として明文化した改憲派の象徴だ。しかし1960年の安保闘争で、退陣に追い込まれた。
中曽根康弘元総理(1982〜1987)は「戦後政治の総決算」を掲げたが、大型の間接税の構想で支持率が下がり、改憲には結局手をつけられなかった。
小泉純一郎元総理(2001〜2006)は長期政権だったが、郵政民営化を最優先したため、改憲への意欲はあったが優先順位は高くはなかった。
改憲に近づいた安倍晋三元総理
