■“陰謀論”には限界がある
平石氏 学ぶことで今、多くの人がはまってしまう陰謀論にも陥らないように思えるのですが、その点はいかがですか。
内田氏 陰謀論もなかなか伝え方が難しいですね。陰謀論は、ある種の知的欲求の産物です。ランダムに見える現象の背後に、実はきちんとした秩序があって、誰かが全部をコントロールしている。それが悪の支配者であっても、神であっても、科学法則であってもです。たとえばキリスト教のような一神教信仰だったら、全てのことは神の摂理です。陰謀論も、全ての出来事の背後にオーサーがいるということに関しては、それ自体は知的好奇心としては同じです。
ただ陰謀論というのはストーリーがすごくシンプルで、チープなところで終わってしまう。これが陰謀論の限界です。本当に知的好奇心が、子どものころから活発に発達していたら、陰謀論なんか示されても「それはわかるけど、つまらない」と相手にしないと思うんです。全然、興奮しないで落ち着いてしまうと思います。
さらに陰謀論というのは、仮説を書き換えるという努力をしない。自然科学ならば、何か起きた時に、現象を説明する理論の仮説を立てるけれど、新しい事例が出て説明できなければ、書き換える。それによってカバーリングの広い包括的な形に変わります。これが健全なんですが、陰謀論者はもうその場に居着いてしまっているので、反証事例が出ても「それは誤差の範囲」と全部追い払ってしまう。違いがあるとしたらそこで、知的な資質の違いというか、どれだけ強い探究心や希求する心を持っているか、ですね。
■豊かな社会とコモン
