「ママ血が出てたよって…」当時4歳長男が号泣しながらSOS 未解決25年、若松主婦殺害事件の遺族の想い「手ぶらではそっちにいかん」

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毎年ビラ配りも…自宅に1枚も残らぬワケ

 あの日から25年。弘子さんは毎年、事件があった6月29日に、警察と情報を求めるビラ配りを行なってきた。すべては娘のため。しかし有力な情報は得られなかった。実は、自宅には配ったビラは1枚も残っていない。

「持って帰った分は全部破ったり、金づちでたたいたり、包丁だったかカッターだったかよくわからないが、切りつけた。『あなたはね、これぐらいの痛みをなさったんですよ』って言って、焼いてみたりしましたね」(弘子さん)

 弘子さんは「犯人は今、どこで自ら犯した罪と向き合っているのか」と考える。犯罪心理学者の出口保行氏は、「やはり事件を起こした後、何らかの形で逃走を図っていた人間は多くいる。彼らは『逃走を始めてから安心できた時間は1分もない』と言う。人が話しているのを見ると、『自分のことを話しているのではないか』。車両を見ると、それが警察車両に見えたり、パトカーなどを見ると『もう自分を捕まえに来たんじゃないか』。全てを自分に関連付けて考えてしまう。要するに『疑心暗鬼の状態になっていた』と、口をそろえて言う。『安心して逃げ切っていた』という話をした人間は誰もいない」と解説する。

 そして、「長期刑受刑者を収容する刑務所にも勤務していて、その中にはかなりの期間、逃走していた人間がいた。その者たちから話を聞くと、『捕まりたくはない』と思っていたが、『捕まって案外ほっとした』。要するに逮捕されることの恐怖から解放された。これは犯罪者たちの心理を物語っているのだろう。解決事件にするため、国民の皆さんのとにかく情報提供が必要。それを最後にお伝えしたい」と呼びかけた。

82歳の母・弘子さん「もう少しだけ頑張るけんね」
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