「耳の聞こえないアイドル」が手話で歌う 中学生で「感音性難聴」と診断…高校1年生で聴力を失った女性が絶望のどん底から夢の舞台へ

ABEMA Prime
(2/4) 記事の先頭へ戻る

■突然の失聴、そして手話との出会い

 中嶋さんの生い立ちについて、手話通訳としてマネージャーの蓮子さんを介して語られた。「生まれつきおそらく難聴だったと思うが、気づいたのは中学生のとき。健康診断の聴力検査で引っかかって、大きな病院で検査した方がいいと言われたのがきっかけだ。病院に行った時に『感音性難聴』と言われた」。

  そして、「そのときに初めて自分が聞こえづらいことを知った。それより前を振り返ると、耳鳴りとかは小さいときからあった。でも、みんな同じだと思っていたが、違うことに気づいた。中学生のときは、高い音が聞こえづらいレベルで、障害者手帳をもらうレベルではなかった。だけど、高校1年生のマラソン大会で、何かきっかけがわからないけど、頭痛がして倒れて、起きたら耳が聞こえなくなっていた」と振り返った。

 耳が聞こえなくなってからは、「頑張ってきたバレエの夢がなくなってしまったとき、母親から手話パフォーマンスの存在を教えられた。試しに講座へ行った際、初めてろう者に会い、手話で話しているのを見た。難聴のときは声で話していても聞き取りづらく、自分を押し殺していたが、手話を見て初めて言葉が見えた。言葉が伝わってきたし、これが言葉なんだと思った」。その後、ろう学校へ転校し、毎日友達と言いたいことを質問し合いながら手話を覚えたという。

■音のない世界でリズムを刻む
この記事の写真をみる(67枚)
このまま画像を見る
続きは広告を見た後にご覧いただけます
クリックして広告を見る