駆け込んでも誰もいない?「こども110番の家」急減の背景にある高齢化とコミュニティの変容

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■「駆け込んでも家に人がいない」

宮田美恵子氏
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 NPO法人「日本こどもの安全教育総合研究所」理事長の宮田美恵子氏は、こども110番を取り巻く状況を「制度が始まり約30年、一般的になって15年程度。その間に高齢化と共働きの増加が進み、駆け込んでも家に人がいない。商店街の衰退もある。学校がお願いするときに『やってもらって当たり前』と思うのが嫌との理由もある。また『1対1になった時にトラブルが起きたらどうしよう』という責任感もある」と説明する。

 コラムニストの河崎環氏は「国内外でPTA活動をして、副会長もやった。こども110番の家が他界や転居で減ると、PTAが次の家を探していた。学校や地主と相談して、取りまとめても、断られることは多かった。高齢化や個人商店の減少で、先細りの状態だ」と明かす。

 「ヤンキー先生」こと、元文部科学副大臣の義家弘介氏は、「『110番』の名前自体、ハードルが高い。発足当時は『地域ぐるみで子どもを見守ろう』という目的で、防犯だけでなく、トイレの貸し出しなども想定していた。私は田舎町で育って、学校までの通学路で5人はあいさつを交わしたが、今はあいさつが消えた。自治会の人々も、おそろいのベストを着て、登下校を見守っているが、子どもも自治会もあまりフレンドリーにあいさつしない」と、時代の変化に触れる。

 また、政治家時代を振り返り、「同じ曜日、同じ場所で、朝6時からあいさつしていた。最初は子どもも素通りしていたが、2〜3年たつと顔見知り。1年52週だと、10年で520回。絆があれば、子どもの方からお祭りで声をかけたり、いじめの相談をしてくれたりする。『義家相談室』とパネルを掲げても、来る子はまずいない。昔はコミュニティーに依存していたが、今はコミュニティーを作らなければならない時代。いかにブラッシュアップするかだ」と語った。

■誰が担うのか?個人情報を周囲にさらす怖さも
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