限界を迎えた隊員たち…静まり返った4階で鳴り続ける携帯電話
特殊な機材は使えない。階段は狭く、ビルへの進入路は1本だけ。隊員たちの手で運び出すしかなかった。午前4時ごろ、一旦地上へ。3階にいた17人全員を運び出し、川越氏は地上に降りた。これで終わったと思った。しかし隊長の顔を見た瞬間、まだ終わっていなかったことを悟った。
「そこから戻ってきた隊長の顔は、非常に悲壮感が漂っていまして。4階にもいるんだと。4階にも20名以上いるんだという時に、4階まで上がる体力もちょっとなかった。正直ちょっと信じられなかったです。隊長の表情を見て察して、着衣を整え直して上に行った」(川越氏)
午前5時ごろ4階へ。体力も限界に達していた。
「最初の段階では、フロアに皆さん倒れていましたけど、その倒れている中に混じって自分も腰を下ろして一息ついたというのが現状で。そういうことに躊躇もせずに休んでしまったというのは、自分自身覚えています」(川越氏)
4階はキャバクラだった。カラオケの防音のために、窓などはふさがれていた。ソファーの周り、そしてトイレに男女合わせて27人。死因は一酸化炭素中毒だった。ケロイド状のやけどがない人も多かった。新谷氏の目には、今にも起き上がりそうな、きれいな顔に映った。静まり返った店内で鳴り続けていた音を川越氏の耳は今も覚えている。
「所々で携帯電話が鳴っていまして。時が止まったような感じなんですけども、ついさっきまで皆さん生きていたという様子が非常にリアルに覚えています」(川越氏)
午前6時44分、鎮火。82の部隊と職員340人による、5時間半におよぶ救出活動は終わった。そして44人が亡くなった。
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