■大人になってからの葛藤と『ROCKET』の幕引き
2025年、23歳。大人になった瑛士さんは悩んでいた。最近描いた絵本の挿絵。自分の個性を抑え、注文通りに分かりやすく描く。そんな挿絵の仕事が中心になっていた。
「客観的に認められることばかりを考えたところもあって、自分の本心からのものを出したらどう評価されるのかってことに、自信を抱けないところがあって」(瑛士さん)
気づくと作風は変わり、画家としての依頼が減っていたのだ。
2025年9月、この日は仕事を探し、母のつてを頼る。訪れた日本カトリック学校連合会は保育園向けの冊子などを作っていた。
母が「記事がなくて困っていたら、書くこともできるので」と切り出すと、瑛士さんは「文章も書きます。講義することが多いで文章を作ることも多いです」と話し、母が「幼稚園に行って、絵本を読み聞かせるとかもできるかもしれないし」と続ける。母が「何かありましたらぜひよろしくお願いします」と言い、瑛士さんも「よろしくお願いいたします。お時間作って頂きありがとうございます」と頭を下げた。
しかし瑛士さんは「仕事を今選べないっていうのがやっぱり現実的な立場なんだと感じています。そこは今自分が悩んでいる中で一番大きなくらい、心にのしかかっているものです。本当に絵だけで勝負したいです」と胸の内を明かした。
立ち止まったままの瑛士さん。実は、かつてその才能を見出した異才発掘プロジェクト『ROCKET』も、2021年に幕をおろしていた。
中邑先生はこう振り返る。「突き抜けを求め過ぎなかったか。人と違うことをやれって。突き抜けろって。実はROCKETも『志、突き抜けた才能があった方がいい』という軸を作って排除することをやっちゃったわけだ。だから僕らは自己矛盾に陥ったわけだ」。
インタビューを申し込んだが、「ROCKET」のことはもう語れないと叶わなかった。今は才能にとらわれず、誰もが参加できる学びの場を作っているそうだ。
「突き抜けろ」という教えは間違っていたのか。ROCKETの他のメンバーを訪ねた。
生き物博士だった甲斐潤樹くん。サンショウウオの研究が大学教授の目にとまり、小学6年の時には論文も完成させた異才だ。
2025年、20歳になった甲斐潤樹さんは、大学で海洋生物を学んでいる。今も生き物に夢中だ。「環境によって種が変異したり、この場所でしか見られない形になっていたりする可能性があるので」。
甲斐さんにとって『ROCKET』とは何だったのか。「あの頃に一本筋の通った、自分の好きなことをやっていたことが今のこの将来につながっているのかなと思います」と振り返った。
他にも多くの子どもたちが好きなことを貫いていた。メディア制作会社のチームの作品を大阪・関西万博で展示する人、ボウリング場のメカニックとして働く人、アメリカの大学を出て日系企業でAI開発中の人、造形作家に師事しギャラリーや賞に出品する人、Amazonに就職内定しシステム構築の仕事に就く人などだ。
現地バボの痕跡と「加害性」に向き合う覚悟
