初場所の新入幕から2場所連続の10勝を挙げ、前頭二枚目として臨んだ五月場所では3場所連続を期待されたが、惜しくも7勝8敗に終わった阿炎(錣山)。その人気は、番付を一枚下げて挑む名古屋場所を前にうなぎ登りだ。
五月場所では「ウェイウェイ系」や「ニュータイプ」と呼ばれ、一躍脚光を浴びた。極めつけは、五月場所六日目での横綱・白鵬(宮城野)との一番だ。阿炎は立ち合い両手で白鵬を突き放し、相手がまわしを取れず引いたところをすかさず攻め込んだ。最後は土俵際の白鵬の腹をひと押しして初の金星を獲得した。取組もさることながら、ニュータイプの阿炎はここからが凄かった。その後に行われた殊勲のインタビューで、相撲ファンの度肝を抜いたのだ。
アナ 初めての金星です。阿炎関です。おめでとうございます。
阿炎 ありがとうございます
アナ 初金星です。いかがですか?
阿炎 そうですね。昨日、鶴竜関にぶつかっていって、負けたんですけど、いい相撲が取れたので、今日もぶつかっていこうと思って……。よかったです。
アナ 会心の相撲だったんじゃないですか?
阿炎 そうですね。しっかり当たれて。はい。落ち着いているかなと。昨日よりは思いました。
アナ 今日は膝は震えませんでしたか?
阿炎 そうですね。昨日ほどではなかったですけど、今日も少し笑ってましたね。膝が。
アナ それでも勝った瞬間、場内の歓声はどうでした?
阿炎 いや……、なんか……それどころじゃなかったんで。はい。すみません……。まあでも嬉しかったですね。
アナ 師匠にどう報告しましょうか?
阿炎 いや、普通に、はい……「おかげさまで」としっかり。はい。それよりも昨日誕生日だったお母さんに報告したいんで、もう帰っていいっすか?
アナ じゃあ是非報告してください(笑)。
阿炎 すみません。ありがとうございました。ありがとうございました!
アナ 初金星、阿炎関でした。
インタビューで思わず発した「お母さんに報告したいんで、もう帰っていいっすか?」の言葉が、多くの相撲ファンの心を鷲掴みにしたのだ。もちろんこのインタビューには「もっとしっかり受け答えをしろ」という意見もあり、賛否両論あったことも事実だが、好意的な声が多かったように思える。普段から辛口の相撲界OBからも「阿炎のインタビューおもしろかったなぁ」「ああいう力士が一人ぐらいいてもいいんじゃないのか」と声が上がった。しかし、このインタビューの裏側には、阿炎の理想とする力士像が見えるエピソードが隠されていた。
部屋の関係者の証言によると、じつはこのインタビュー中、阿炎は自身の涙腺が「崩壊寸前」だったというのだ。
振り返ってみると、新十両昇進の記念祝賀会では壇上に両親を呼び寄せ「20年間、迷惑ばかり掛けて申し訳ありませんでした。親方の下で稽古に励みます」と感謝の思いを口にした。しかし平成27年十一月場所から幕下に陥落。その後一年半の幕下生活を送っている時には、「父の解体業を手伝う」ことすら脳裏をよぎった。そこで腐らずひたむきに稽古に励み、平成29年七月場所で再十両、その翌場所では10勝5敗で十両優勝。着実に力を付けたニュータイプは、怒涛の勢いで今年初場所に新入幕。並々ならぬ努力のあとがうかがえる。角界の第一人者を倒し、その苦労の日々を思い出さないわけがなかった。
しかし、インタビュー中に涙を流すことは「照れくさい」という思いがあった。そこで出た言葉が「お母さんに報告したいんで、もう帰っていいっすか?」なのである。色々と議論を呼ぶ力士ではあるが、今場所も「台風の目となってくれる」。観る者をそんな気持ちにさせてくれる。それが阿炎政虎という力士の魅力なのではないだろうか。【相撲情報誌TSUNA編集長 竹内一馬】
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