その優秀な頭脳から生み出される対局に、数々の感動が生み出されてきた将棋の世界。一方で、やや堅苦しいと思われがちなイメージを、あっという間に吹き飛ばすトークもまた大きな魅力の一つだ。2月18日に行われた王位戦挑戦者決定リーグ戦白組の1回戦、羽生善治九段(49)と藤井聡太七段(17)の対戦という黄金カードがあったが、その対局を解説していたのは木村一基王位、三浦弘行九段の46歳コンビ。大注目の対局に勝るとも劣らないトークの応酬で、将棋ファンを虜にした。その一部は、こんな様子だった。
2人が登場したのは、AbemaTVでの将棋中継。通常、聞き手は女流、解説を棋士が務めるものだが、大事な局面では2人の棋士による「ダブル解説」になることでも知られている。ところがこの日は、昼食休憩前の午前中から「木村VS三浦」が実現した。
先に出演していたのは木村王位の方。聞き手の女流と入れ替わって、三浦九段を招き入れる格好となった。
木村 やあ、現れたね。
三浦 よろしくお願いします。
木村 昨日も、とある場所で会っててね。2日連続で(一緒は)いやなんでしょ。
三浦 うーん、あの、そうね(笑)昨日さ、会った時に(木村王位がスタジオに)昼入りと勘違いしててさ。
木村 そう、僕は昼からだと勘違いして。
三浦 連絡しなかったんだよね。
木村 木村が遅れて、クビになればいいと思ってんだ(笑)
三浦 遅刻したら面白いかと思って(笑)
木村 なんだよー。そういう人だとは知ってますよ。
三浦 大丈夫かなと思ってたんだよ。おれが勘違いしてるのかと。
木村 ちゃんと来ましたから大丈夫です。
2人に馴染みがない読者のために説明すると、木村王位はテレビ対局の解説や、イベント会場での大盤解説でも、一人でボケては自虐でツッコむといったトークセンスの持ち主。昨年、史上最高齢で初めてタイトルを獲得したが、笑いの数であれば、これまでいた数々の名棋士たちよりも、たくさん取っているかもしれない。三浦九段は、飾らない人柄と対局している棋士への心配りが際立つ解説をすることで知られている。この日も、30歳近く年下の藤井七段に対しても、言葉を選びながら解説していた。それゆえ木村王位に対して、いわゆる“タメ口”で会話をし続けていること自体が、レア映像でもあった。
早速視聴者コメント欄は「豪華すぎる」と、午前中からトップ棋士のダブル解説になったことを喜ぶ声や「タメ口」「漫才が始まったぞ!」「仲良しだな」という声が大量に寄せられた。
このおもしろさも、2人が将棋界を代表するトップ棋士だからこそのもの。本来の仕事である、将棋のことを語らせれば、途端に視聴者の反応も「もうそんな先まで読めるのか」「さすがだわ」という声に変わる。そして、ここから三浦九段の質問をきっかけに、木村王位が悲願の初タイトルを取った、豊島将之竜王・名人との激闘について語ったのだから必聴だ。
三浦 (王位戦七番勝負で)豊島さんとやった時、(豊島が序盤から早いペースで指して)すごく飛ばしていた。そういう時の木村王位の心境を聞きたいと思うんだけど。
木村 そんな飛ばさないでよって思ってましたよ(笑)言ったって、もっと飛ばしてくるし。言っても無駄でしょ?だから黙ってた。言いたかったけど。
三浦 でも豊島さんだけ研究しているから、正解を知っているわけじゃないですか。その時、どう思ったんですか。どんどん指す手に対して。
木村 何を考えて狙っているかは考えましたよ。でも、時間はかかりましたよね。持ち時間を使うこと自体は、あんまり気にはしなかったですね。(持ち時間8時間の)半分くらい使ってもどうってことはないと思ってました。
三浦 豊島さんはかなり(持ち時間が)残ってるわけじゃないですか。
木村 (持ち時間の)差がつくんですよ。だけど、そのうち感覚がわけわかんなくなっちゃって。ちょっとでもいいやと思ってたら、だいぶ差がついていて。そのうちどうでもよくなっちゃった。でも、予算的なことは考えましたね。1日目終わって、2日目でこの残り時間なら1局は指せるから、その分を残すとか。2時間半残しておけば指せるとかあるじゃないですか。局面によって。そのぐらいの予算を立てておけば、あとはもう湯水のようにじゃぶじゃぶ使っても(大丈夫)ぐらいなことは考えてます。持ち時間が8時間だからできたことはあるかもしれません。
木村王位はこの時、豊島竜王・名人と、竜王の挑戦者決定三番勝負も含めて“十番勝負”を行っていた。研究を進めていた豊島竜王・名人がハイペースで指し進め、いつも木村王位が持ち時間を先に消費する、という展開が続いていたことについて、三浦九段が当時の心境をうまく聞き出した。持ち時間について「予算」という表現をした木村王位に対して、またしても視聴者から実に興味深いといった反応が相次いだ。
笑い話あり、思わずうなる話あり。これだから多くの将棋ファンたちは、長い一局であっても、絶品トークがいつ飛び出すかと、ずっと中継を見守り続けるのだ。