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(力とバチバチの打ち合いを展開した澤。引退してから8年以上経っているのだが動きはキレまくっている)

『崖のふち女子プロレス』は、“マット界のエド・ウッド”とも言える異能のレスラー・松本都が単独でプロデュースする大会である。

 その内容はといえば、常にプロレスの枠を逸脱し、見る者すべてを驚愕もしくは愕然、さらには脱力させる。マジメな人は見ないほうがいい、そうあらかじめ言っておきたい興行だ。

 試合の中にまた別の対決が組み込まれ、それはたとえば「ファミコンの魔界村で1面クリアできたら勝ち」とか「即興で謎かけ」とか「学力テスト対決」だったりする。その上で、最終的には松本都が体を張り、時には頭に竹串をぶっ刺されたりもする。思いつきと“度胸一発”を思いつく限りにぶち込んだ闇鍋、それが崖のふち女子プロレスなのである。

 昨年、DDTの“大社長”高木三四郎をオーナーとして再始動した崖のふち。新体制3度目の大会は、3月12日に開催された。ちなみに現在、高木はDDTとプロレスリング・ノアの社長を兼任。シャレにならないレベルの忙しさのため、一般人・澤宗紀をオーナー代理に指名した。そういう意味では新・新体制のスタートだ。

“やりすぎくらいがちょうどいい”をスローガンに、バチバチの打撃戦から「ランジェリー武藤」としても活躍、高木とはタッグチーム「変態大社長」結成とインディーマットで存在感を残してきた澤。すでに引退しているのだが「一般人」として時おり、試合に絡んでいる。同時に総合格闘技にも参戦しているから、そのバイタリティは生半可ではない。

この澤が、散らかりまくった内容の崖のふちで“プロレス”を見せてくれた。今回のテーマは“力道山3世”力(ちから)の嫁探し。『まっする』に影響を受けたらしい松本都は、力道山の孫にして百田光雄の息子・力を“主演”に「人の人生が変わるところを見せるドキュメンタリー」を作ると意気込んだ。

 複数の嫁候補にはアイドルも選出。せのしすたぁ・まお、劇場版ゴキゲン帝国Ω・白幡いちほの“参戦”で、彼女たちのファンも会場を訪れた。プロレス初観戦の観客もいたようだ。

まおと白幡がフリースタイルラップ対決を繰り広げ、ケンカ腰の討論会で決着をつけようとするなど今回も観客を気持ちよく置き去りにしたわけだが、しかし「嫁探し」が「ドキュメント」になっていたかというと疑問だ。

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(力はアイドルたちにDM(記者会見で共演したお礼)を送っていたため「重大な規約違反」で結婚ならず……というオチからなんだかんだで大団円)

松本都のプロデュースよりも、まおの暴走、白幡の困惑とツッコミ、力のナチュラルっぷりなど個々の魅力が上回る展開。それはそれで楽しめるものになっていた。松本都があえて前に出ないというのも『まっする』の影響だろう。

ただ、そもそも「結婚するならプロレスラーと決めている」と公言している力に、アイドルを“嫁候補”としてぶつける企画はエンタメとしてはよくても「ドキュメンタリー」にはなりえなかった。そこで「じゃあおれがレスラーになればいいんだろ」と力技で軌道修正したまおはさすがだったが。

楽しいけれど、すべてがバラけている。そんな状況に一本の筋を通したのが澤だった。その筋が“プロレス”だ。

後半になってようやく始まったプロレスの試合、松本都with一般人・澤宗紀vs力withまお。この試合もまたマジメな人は見ないほうがいいタイプのものだったが、その中で澤が力に打撃の打ち合いを仕掛けた。

それまでの雰囲気からすると明らかに異質な迫力。澤はエルボーを叩き込みながら「初めてプロレス見る人こっちか!」と客席に雪崩れ込んでの殴り合いも。リングでは「(力道山の孫ではなく)おまえ個人でこい!」と挑発し、パワフルなチョップを受けまくった。

ほんの数分ではあったが、この局面からは濃厚な“プロレスの匂い”がした。野暮な説明をすると“闘いの中で見せるドラマ”があった。試合後、全体でのコメントを終えたところで澤に話を聞いてみる。

「いやいやいや、顔面にチョップ食らっちゃいましたよ……一般人になんてことするんですか、力さん(笑)。でも、実は力さんとは前からこういうふうに殴り合ってみたいなって思ってたんですよ。引退してから“この人とやってみたかったな”と思った何人かの中の一人が力さんで。力さんは優しくて誠実なんだけど、その性格がプロレスでは仇になってるなって思うところがあって。場面によっては嫌われたり悪者になったりすることも必要なのがプロレスなので。ましておじいさんが力道山。その偉大さはみんな知ってるし、僕は僕で力道山という歴史に触れるという嬉しさもあったんですけど、それ以上に“百田力”の凄さをお客さんに見せてほしくて。そういう意味で拳を交えたかったんですよ……一般人ですけど(笑)」

 その血筋がクローズアップされる力だが、レスラーとしては決して器用なタイプではない。彼の“正味の実力”としっかり向き合おうとするレスラーは、それほど多くなかった。しかし一般人の澤は真っ向からぶつかり合った。それは力にとって、おそらく嫁探し以上に大事なことだった。

崖のふちではプロレスを見せることが絶対的な正解というわけでもない。しかし今回に関しては、やりすぎくらいがちょうどいい一般人がやりすぎた結果、シンプルで骨太なプロレスを観客に叩きこむという名場面を生んだ。

アイドルファンは、リング上で展開されるラップバトルや討論会に「なんだこれ?」となりつつ、澤と力の打ち合いを見て「やっぱりプロレスラーって凄いな」と感じたのではないか。

まして2020年3月12日である。多くの大会が中止、延期となり、プロレスファンが“プロレス不足”の状態だ。そこに純度の高いプロレス、体の中まで染み込むようなプロレスが提供された――一般人によって。

崖のふち女子プロレスは、松本都の異能を木曽大介レフェリー、新藤力也リングアナ(今回は欠席)という“大人”が支えることで成り立っている。そして新たに、オーナー代理という形で澤という強力な“大人”が加わったのである。次回も大人な一般人のやりすぎが見たい。

文/橋本宗洋

写真/DDTプロレスリング

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