「ABEMA」がスポーツ中継に注力する理由

——地上波でのスポーツ中継の減少や、視聴環境の複雑化でスポーツのファン離れが懸念されています。スポーツコンテンツを扱うメディアとして現状をどう受け止めていますか?

株式会社AbemaTV・綾瀬龍一氏(以下、綾瀬):スポーツ全体の傾向では、中長期的に見るとファンの総数が減ってきているのはデータにも現れています。背景としてはスポーツ以外のエンタメの充実や、今までスポーツの入り口となっていた地上波のテレビ中継が減っていることなど複合的な要因があるでしょう。

【写真・画像】スポーツマーケティングにおけるライブ中継特化型広告の可能性 AI活用で見えた新たな価値【ABEMA×NTTデータ対談】 1枚目

——そのような状況の中で、「ABEMA」ではどういった取り組みをされているのでしょうか?

綾瀬:「ABEMA」としては、スポーツ業界の発展に貢献できる存在を目指したいと考えています。スポーツコンテンツの「無料視聴」機会に加えて、視聴者がスポーツ中継をより楽しめる独自の視聴機能などによって新しいスポーツファンの創出や活性化、多様なビジネスモデルの開発など、動画配信サービスとしてさまざまな新しい取り組みをしています。

——スポーツ配信を無料で行っていくには、課金ではないマネタイズが求められますが、課題はありますか?

綾瀬:動画配信サービスの事業者としては、視聴者に「無料」でスポーツ中継を提供していくためには、広告で安定的に収入をしっかりと得ていく必要があります。その為には、従来の広告手法だけでなく、スポーツ中継に適した新しい広告体験やビジネスモデルの開発に取り組んでいく必要性があると考えています。

スポーツ中継に適した広告フォーマットとは

——スポーツ中継ならではの広告とは、具体的にはどういったものなのでしょうか?

綾瀬:スポーツ中継では、視聴者は一瞬のプレーや目まぐるしい試合展開に熱狂・集中して見ている傾向が強い環境だからこそ、そこに出てくる様々な広告が印象に残りやすいという特徴があります。つまりマーケティングをする上ではすごく魅力的なコンテンツだと考えています。

その点では、いわゆるハーフタイムなどのCMブレイク中の間に15秒・30秒のCMを流す従来のテレビCM型だけではなく、ユーザーがもっとスポーツ中継に集中している場面で、より効果的な広告体験を提供できるチャンスはあると考えています。

そこで「ABEMA」が開発に取り組んだのが、ユーザーがスポーツ中継を見ている間、邪魔にならないように広告を表示させるスプリットスクリーン型と呼ばれるフォーマットの「ABEMA Live Screen Ad」でした。

——「ABEMA Live Screen Ad」の特徴や強みを、事例や効果実績を交えてご紹介ください。

綾瀬:「ABEMA」では、国内OTT市場初のスポーツライブ中継時に配信するスプリットスクリーン型の広告商品として「ABEMA Live Screen Ad」を、2023年のMLB(メジャーリーグベースボール)で初めてリリースしました。

リリース後、MLB2023のシーズン通して様々な広告主様で合わせて10数件の掲載実績を作ることができました。中には日本人選手が映り込んでいるところに合わせて、その日本人選手を使ったクリエイティブが出てくるなど、ユーザーにとっても視聴の邪魔にならない広告体験を提供できたのではないかと感じています。

具体的な広告効果についても手応えを感じています。まずは視聴者へのリーチ力。CMだと攻守切り替えのCMブレイクで一定数ユーザーが離脱してしまうのですが、この「ABEMA Live Screen Ad」では、見ている最中に広告を出すので、自ずと見ている人全員にリーチできます。

また、視聴者のコメントを分析する限り、ネガティブなコメントはほとんどなく、約94%と大多数の視聴者がポジティブもしくはニュートラルにこの広告体験を捉えていただいたという結果になりました。

その結果、広告認知だけでなく、ブランドリフトの面でも高い効果が確認できたので、今後のスポーツ中継における新しい広告フォーマットとしての可能性を感じています。

——今回の広告効果の検証には、NTTデータのAI技術を活用されたそうですね。

綾瀬:はい。NTTデータさんのNeuroAI(脳活動を推定する技術)を用いた「DーPlanner」というソリューションを活用しました。今回の広告フォーマットの特徴は、スポーツ中継を見ながら広告も出すというもので、ユーザーの視線やアテンションがプレーだけでなくその周りにある広告にも向けられているかという点について検証することで、本広告商品の価値を証明できるのではと考えました。

その観点で、ユーザーのアテンションを予測するソリューションとして「DーPlanner」の存在を知り、お願いしました。

株式会社NTTデータ・大山翔氏(以下、大山):実はこれまでも他社事例で、テレビの報道ニュースに対して「DーPlanner」を活用していただくことはあったのですが、今回のような、1画面の中に2要素を入れて、それがどのように見られているのかを測定するパターンは初めてのチャレンジでした。

【写真・画像】スポーツマーケティングにおけるライブ中継特化型広告の可能性 AI活用で見えた新たな価値【ABEMA×NTTデータ対談】 5枚目

加えて、綾瀬さんが仰った通り、スポーツ中継は報道番組や通販番組などとは異なり、人の熱量や興奮といった感覚的な言葉でしか言い表せないものにアプローチする必要があります。それでも、定性的なものをいかに定量的にスコア化するかという点では、我々のソリューションが活かせるのではと考えました。

綾瀬:「DーPlanner」を使って、試合中の画面でユーザーの視線がどこに集まりそうかをAIに予測してもらい、ヒートマップを作成しました。画面内のそれぞれのエリアにアテンションのスコアが可視化されているので、それらを集計することで、中継エリアにどれぐらいのアテンションが集まっていて、広告エリアにはどれくらいのアテンションが集まっているかが可視化できました。その結果、各案件で中継エリアと同等もしくはそれ以上のアテンションを獲得できていることが確認でき、全体平均では中継エリア100ptとしたとき、広告側のアテンションはおよそ240ptのスコアが確認できました。

——NTTデータとしては、この分析結果についてどう振り返りますか?

大山:ABEMAさんと何度も相談をしながらの取り組みだったので、結果的にこのようにポジティブな効果を示すものが作れたことは、すごく嬉しいです。

視聴者にとってネガティブではないということは、つまり「熱量を邪魔しない」ということです。それはすごく大事だと思っていて、熱量を邪魔しないことが守られたうえで、広告主にとっては印象に残らなくては意味がありません。

その2つの理想が両立しているという点で、「ABEMA Live Screen Ad」はとても上手く作られていると思います。それが、感覚ではなく定量的に裏付けることができたのがよかったです。

綾瀬:デジタルメディアの普及やデジタル広告の複雑化によって、必ずしもユーザーに受け入れられる広告体験ばかりではなくなり、広告そのものに対してユーザーの印象が悪くなってきている、邪魔なものだと思われることが多くなってきているように思います。

そういった課題がある中で、広告主にとっても価値がありながら、視聴者にも受け入れられ、事業者のマネタイズも実現できる三方良しの広告体験がこれからは一層求められていくはずです。その点において、今回チャレンジした「ABEMA Live Screen Ad」は、それを実現できる一つなのではと思っています。

今後のスポーツ広告×AI活用の可能性

——「ABEMALiveScreenAd」を、今後どのように発展させていく予定ですか?

綾瀬:広告効果の可視化をさらに深掘りして、フォーマットのレイアウト最適化にも「DーPlanner」を用いて分析を実施しました。

「ABEMA Live Screen Ad」は今までにない新しい広告商品です。そのため、今提供しているレイアウトが必ずしも最適なのかどうかはわかりません。そこで、レイアウトごとに広告エリアに集まるアテンション量がどれぐらい違うのかを分析していただきました。

結果的には従来の形よりも左上に広告があるレイアウトのほうが、ほとんどの案件で広告エリアへのアテンション量がより多く獲得できたという結果が確認できました。

それを踏まえて、「ABEMA」で放送しているサッカーの今季のプレミアリーグでは、この仕様で広告を販売していますし、もうすぐ開幕する今季のMLBでもこの形に統一して販売する予定です。

大山:サッカーの試合中継では、画面の左上に得点が表示されることが多いですし、緊急度の高いニュース情報を断続的に伝える場合もこのようなL字型の表示手法が用いられることが多いです。

人間の視線は左上から順に情報を見ると言われていて、その仮説が感覚値だけではなく、定量的なスコアとして結果が出たことは、我々にとっても良かったと思っています。

——「DーPlanner」は今後、「ABEMA」のスポーツコンテンツ広告でどのように活用できると思いますか?

大山:今後、よりスポーツの「試合展開を読む」みたいなことも、「DーPlanner」で実現可能だと思っています。スポーツの試合の中で、こういうシーンは観客が盛り上がる。ということは視聴者も同様に盛り上がっていると予測できたり、逆に試合が落ち着いていれば観客や視聴者も同様にといった「熱量」の予測もできます。

そういったデータを活用して、実はこのタイミングで広告を入れればすごく効果的なのでは、といった提案や、試合を邪魔せずに見てもらえるといった活用に繋がるのではないでしょうか。

綾瀬:スポーツ中継は水物なので、その時どきで試合の展開は流動的。その一瞬で「ここだ!」とどう判断していくかはなかなか難しいと思いますが、AIによってライブ中継中にまさにその瞬間、ここで広告を出すべきかというところまでわかればいいかもしれないですね。

そういった、ユーザーの熱量をリアルタイムに可視化できるサービスが出てくると有り難いので、これからもNTTデータさんと一緒に模索していきたいと思います。

>>「脳科学×AI」で切り開く新しいマーケティングの可能性とは【ABEMA・NTTデータ インタビュー後編】を読む

綾瀬 龍一氏(写真左)
株式会社AbemaTV

ビジネスディベロップメント本部 プロダクトマネージャー
2009年サイバーエージェントに入社。「アメーバブログ」の広告営業を担当後、ディスプレイ広告や動画広告のプロダクトマネージャーを担当。2019年より株式会社AbemaTVに出向し、「ABEMA」の動画広告のプロダクトマネージャーを務める。

大山 翔氏(写真右)
株式会社NTTデータ

社会基盤ソリューション事業本部 ソーシャルイノベーション事業部 エバンジェリスト
2015年株式会社NTTデータへ入社。 ニューロビジネスチームでニューロマーケティングに関する営業企画、コンサルティングを担当。通信事業者システム、インフラ事業者との新規事業創出、事業連携に従事した後、2020年より主にパートナーとのNeuroAIの販売/利用促進に注力。