先の見えない霧か、光が差し込まない分厚い雲か。将棋界の超トップクラスの棋士に数えられる豊島将之竜王(30)が、この夏まさかの不振に見舞われた。不振と言っても対戦相手が、渡辺明名人(棋王、王将、36)や永瀬拓矢二冠(28)といったタイトルホルダーが続いたこともある。ただ本人が「ここ2、3年はなかったと思う」5連敗や、10局で2勝8敗という期間には少々戸惑った。「原因が不明だったので、どう対処していいかわからなかった」とまで話した豊島竜王だが、いよいよ不振からの脱出を感じさせる強さが戻ってきた。
9月12日に臨んだ対局は、将棋日本シリーズ JTプロ公式戦の2回戦。1回戦をシードされたため今期初登場だったが、相手は将棋界の階段を一気に駆け上がってきた天才・藤井聡太七段(18)。過去の成績は、豊島竜王の4戦全勝。約1年ぶりの対決だった。
豊島竜王
全勝ですか?たまたまだと思うんですけどね。どんどん強くなられている方なので、過去の成績はこれからには関係ないかなと思います。1局目に指した時から強かったですけど、まだ余裕がありました。ただその後は本当に際どい、どちらに転んでもおかしくない将棋でした。直接対決がなかった時も棋譜を見ていて、さらに強くなられているとは思いましたし、(最年少でタイトルを獲得した)棋聖戦は非常にいい内容で、見ていて勉強になりました。本当にレベルの高い将棋でした。
対局前、年齢では一回り下の実力者について、こんな評価を語っていた豊島竜王だが、藤井二冠が大活躍した今夏、自分は謎の不振に足をつかまれていた。「原因が不明だったんですよね。だいたい何か原因がわかって、それを改善すればよかったんですが…。そんなに長い連敗は、この2、3年はなかったんですよね。昔は結構連敗が多かったですけど」と、解決策を見つけられないまま、黒星が並ぶ日々を送った。
この間に名人のタイトルを失い、現在持っているのは竜王のタイトルのみ。再び名人に挑戦すべく2期ぶりに出場した8月31日の順位戦A級、稲葉陽八段(32)との対局に勝利、連敗を「3」で止めた。1週間後の9月6日に行われた叡王戦七番勝負の第8局でも2勝3敗2持将棋の瀬戸際から快勝を収め、最終第9局に持ち込んだ。そして12日の藤井二冠戦。最終盤は、形勢が両者の間を大きく揺れ動く将棋になったが、最後は力強さも見せて勝利。対藤井二冠に、無傷の5連勝をあげた。数々のトップ棋士を打ち破る藤井二冠から見れば、まさに“ラスボス”といっても過言ではない存在だ。
豊島竜王も自ら「一番悪い状態は抜けることはできたかなと思います」と話すように、やっと本来の自分を取り戻し始めた。「これからまた対局が増えてきます。順位戦、竜王戦、王将リーグ。調子を上げて、いい内容の将棋を指して、結果を何かしら得たいですね」と、言葉にも力強さが伝わった。8つのタイトルを4人で持ち合う状況で、一冠なのは豊島竜王だけだが、本来の姿に戻れば再び将棋界の頂点に君臨する日がやってくる。