開幕まで100日となったところで、カタール・ワールドカップの日程が突如として変更された。
すべてはカタール・ワールドカップの大会組織委員会がFIFA(国際サッカー連盟)に送った一通の手紙から始まった。
元々、開幕日の11月21日には、4試合が組まれていた。13時からセネガル対オランダ、16時からイングランド対イラン、19時からカタール対エクアドル、22時からはアメリカ対ウェールズ。大会オープニングセレモニーは開催国カタールの試合前に行われることになっていた。
私を含め、開幕戦の前に開会式が行われないのも、開催国がプレーしないのにも違和感を覚える者は大勢いたと思うが、もともとカタールW杯は通常とは違うことが多すぎるため、「まあ、そんなものなのだろう」と思っていた。
ところがここにきて大会組織委員会が、やはり自分たちは開幕戦でプレーしたい。だから開幕を1日前倒しにしてほしいと、FIFAに訴えてきたのだ。
【PHOTO】敵も味方も関係なし…ワールドカップの美しき光景
2006年のドイツ大会から「開催国は大会の初日にプレーする」ということが慣例となっている(それ以前は前回大会の優勝国が開幕戦を戦った)。しかし大会初日に複数の試合が行われる場合は、何試合目をプレーするかまでは決まっていない。だから、ドイツ大会も、2014年のブラジル大会も、2018年のロシア大会も、確実に開幕戦にプレーするために、開幕日には1試合しか組まなかった。
ところが今回のカタール大会は、グループステージの段階では1日に4試合が行われる。大会が11月、12月というヨーロッパのシーズン真っ只中に行われるため、FIFAが各国クラブの反発を考え、28日間という史上最短の期間に試合を詰め込んだ結果だ。
それでも事前に打診しておけば、カタール開幕戦をが戦うことができたはずだ。2010年大会の開幕日には2試合が行われたが、ちゃんとホスト国の南アフリカが第1試合をゲットしている。おしらくカタールは、こうしたことに興味がなかったのだろう。我々記者たちの間ではそう言われていた。だが…。
今回の出来事で、カタールの大会組織委員会の知り合い(名前は伏せさせてもらう)に経緯を尋ねると、彼は「実は…」と前置きしながら、思わぬ真相を教えてくれた。カタールは何もわからず3試合目を引き当てたのではなく、最初から開幕日の第3試合を希望していたというのだ。その理由はこうだ。
「19時ならば、観客も多いし視聴率も高くなる。それにセレモニーで打ち上げる花火も映える」
つまり彼等には視聴率とセレモニーの見栄えの方が、大会最初のボールを蹴ることよりも大事だったのだ。
だが、ここにきてやはり開幕戦をプレーすることにも欲が出てきた。そこですべての希望が叶う1日前の19時からプレーしたいと言い出したというわけだ。そうすれば、開幕戦をプレーし、ゴールデンタイムにプレーでき、セレモニーも映える。彼らはすべてにおいて満足しなければ気が済まない。
このリクエストを受けたFIFAのジャンニ・インファンティーノ会長は世界の6つのサッカー連盟のトップとFIFAの2人の副会長の計8人と話し合いをしたうえで、希望を受け入れることで決まった。金持ちの開催国には逆らわない方がいい。
これによって一番困るのは、エクアドル代表とそのサポーターだろう。選手たちは、そうでなくともタイトな準備期間が一日少なくなってしまうし、サポーターは飛行機やホテルを取り直す必要もあるかもしれない。
また同じA組のオランダ対セネガル戦も、21日の13時から19時に時間が変更された。変更対象となったこれらのチケットを持っている人たちには、リクエストがあれば払い戻しに応じるということで、その際ちょっとした慰謝料も支払われるとされているが、いまのところ定かではない。
取材・文●リカルド・セティオン
翻訳●利根川晶子
【著者プロフィール】
リカルド・セティオン(Ricardo SETYON)/ブラジル・サンパウロ出身のフリージャーナリスト。8か国語を操り、世界のサッカーの生の現場を取材して回る。FIFAの役員も長らく勤め、ジーコ、ドゥンガ、カフーなど元選手の知己も多い。現在はスポーツ運営学、心理学の教授としても大学で教鞭をとる。