プレッシング。
それはサッカーにおける一つの戦術で、一定の効果をもたらす。相手のビルドアップに対し、プレーを壊し、良さを消すために使用できるし、ボールを失った直後、相手に襲い掛かって奪い返せたら、最前線が攻撃の出発点となってショートカウンターにつながる。
はめる。
それはサッカー用語で、プレッシングを全体的に用い、ボールの出所を抑え、はめ込み、自由を奪い、パスミスを誘い、有利に試合を動かすための行為だ。
プレッシングは戦局を動かす戦術で、正義の剣のようにも見える。事実、現代サッカーにおいては欠かすことはできない。攻撃戦術を駆使するためにも、前線でボールを追い回すことが押し込むことにつながり、ジョゼップ・グアルディオラやユルゲン・クロップのような名将も用いている。
しかし一方、「プレッシングは勝利に結びつく」と短絡的に考えるべきではない。
トップレベル同士の戦いでは、プレッシングは一定の効果しかもたらさない。例えば、FCバルセロナはプレッシングを回避することで、逆手を取って裏を取る術がある。欧州王者レアル・マドリーはいなすようにボールを散らし、あるいは蹴り込み、守りでリズムを整えられる。猛追のプレッシングは90分間続けられるものではなく、やがて足は止まるもので、止まったら餌食になる寸法だ。
では、日本代表がカタールW杯でドイツやスペインのような強豪といかに戦うべきか。
プレッシングは、リトリートと併用すべき重要な戦術選択だろう。ずるずると引き下がるだけでは、簡単に飲み込まれる。プレッシングは心理的効果も生むもので、「こいつらは怯懦で下がるだけではなく、食って掛かる意思がある」と一瞬でも怯ませる。そこでミスを誘い、戦いのリズムを狂わせることができるかもしれない。
例えば2012年のロンドン五輪、日本はスペインを開幕戦で打ち破っている。とりつかれたような猛烈なプレスを試合開始直後から仕掛け、相手を苛立たせた成果だろう。下馬評が上だったスペインにとって、思うようにならない状況は焦りにつながった。「力任せに日本の選手を倒す」というミスリードを生み出し、レッドカードを誘発。日本は数的優位になり、見事に金星を挙げた。
だが、トップレベルで同じことを起こせる確率は低い。五輪世代はまだ経験値にばらつきがあり、成熟度が低い選手がいる。メンタルコントロール力が足りず、単純な勢いで勝負が決着することが多いのである。それ故、アフリカの代表が金メダルを取ることが多く、アジアの代表が上位で健闘し、それは成熟した大会では見られないことで…。
カタールW杯、日本が勝利に近づくにはプレッシングを崇拝したような戦い方は捨てるべきだ。
文●小宮良之
【著者プロフィール】
こみや・よしゆき/1972年、横浜市生まれ。大学在学中にスペインのサラマンカ大に留学。2001年にバルセロナへ渡りジャーナリストに。選手のみならず、サッカーに全てを注ぐ男の生き様を数多く描写する。『選ばれし者への挑戦状 誇り高きフットボール奇論』、『FUTBOL TEATRO ラ・リーガ劇場』(いずれも東邦出版)など多数の書籍を出版。2018年3月に『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューを果たし、2020年12月には新作『氷上のフェニックス』が上梓された。
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