1失点したものの、ゲームプランを完璧に遂行した前半45分

 日本代表がカタール・ワールドカップのグループリーグ最終戦でスペイン代表を2-1と撃破し、首位での決勝トーナメント進出を決めた。相手は優勝候補と目されていたスペイン。大会初戦のコスタリカ代表戦では7-0と大勝し、格の違いを見せつけていた。そんな相手に早い時間に先制を許しながら、後半開始直後に堂安律、田中碧が続け様にスペインゴールを割り、逆転勝利。2度目の“ドーハの歓喜”を起こし、激戦と言われたグループEを首位で通過し、決勝トーナメント進出を決めた。そんな劇的勝利を、元日本代表GKの楢﨑正剛氏が振り返る。(取材・文=藤井雅彦)

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 まさしくブラボーです。

 試合後、映像に映った森保一監督の表情がすべてを物語っていました。監督冥利に尽きる試合だったと思います。

 戦略が完全にハマったことが最大の勝因です。得点を狙うためには高い位置からプレスをかける戦い方が有効ですが、スペインのチーム力を考えるとかわされてピンチを招くリスクがあった。そこで重心を後ろに下げてゴール前に侵入させない守備を選択し、徹底しました。どれだけボールを保持されても、侵入されたくないエリアだけはガードを固める。また、5バックでスタートすることで相手のサイドアタックを封じる手も講じていました。先制点を許してしまったものの、相手の立ち位置に合わせた配置はうまく嚙み合っていた。ゲームプランを完璧に遂行した前半45分だったと思います。

 0-0で試合を折り返せればベストでしたが、0-1もベターな結果でしょう。スコア推移としては初戦のドイツ戦と同じで、強豪国に勝利した成功体験も大きかった。可能性を残す戦いぶりでしたし、精神的な余裕を持ったまま後半勝負に持ち込めました。

 ハーフタイムに堂安律選手と三笘薫選手を投入しましたが、それが点を取りに行くサインになりました。彼らの仕事はマイボールの場面だけでなく、プレッシャーを強めるためのスイッチになっていた点も見逃せません。

状況に応じて守備戦術を使い分けられたことも今の日本代表の強み

 ポイントは、前半8分にセルヒオ・ブスケツ選手からボールを奪って決定機を作り出したシーンです。ショートパス中心に攻撃を組み立てるスペインは自陣でも自信を持ってボールをつなぎます。基本的には引いてブロックを作っていた日本ですが、相手がバックパスでボールを下げて行けると感じた場面では最前線の前田大然選手を中心に二度追い、三度追いを敢行しました。そういった隙を見逃さない姿勢が、のちに大きな成果を生みます。

 プレーヤー心理は本当に紙一重で、例えば序盤にプレスをかわされて自陣ゴール前までボールを運ばれてしまうと、次は恐怖心からアタックできなくなる。これを避けるためには中盤や最終ラインのリスク管理も重要で、そういった形でのピンチを招かないように戦えていたのも大きかったと思います。そもそもスペインのカウンターアタックにそれほど怖さはありませんでした。だからこそ同点ゴールの場面で、前田選手は積極的にプレッシャーに走れたのではないでしょうか。

 引いてスペースを消すことを徹底しつつも、ボールを奪えそうな場面では積極的にチャレンジする。状況に応じて守備戦術を使い分けられるのが大きな強みになっていて、ピッチ内でのコミュニケーションがスムーズな証です。

 加えて森保監督は5人の交代枠を活用しながら的確なメッセージを送っています。グループリーグの3試合を通して三笘選手の投入はアクションを起こす合図になりました。このスペイン戦では相手が左サイドにパワーをかけてきたところで冨安健洋選手を送り込んで蓋をし、最後は遠藤航選手をボランチに入れてゲームを締める。しっかりと対策を練っているから迷わずに手を打てますし、ピッチ上で戦っている選手も混乱しません。

難しい状況をむしろ楽しんでいるようにすら見えるリバウンドメンタリティー

 そして、第2戦・コスタリカ戦での黒星から中3日という状況で心配された精神面ですが、外から見ている以上にグループとして結束しているのでしょう。今の日本チームは一致団結して前へ進めている印象がとても強い。インタビューで自然と笑みがこぼれるように、難しい状況をむしろ楽しんでいるようにすら見えます。

 メンバーの多くは普段から非常に厳しいプレッシャーに晒される日常を過ごしているはず。海外は日本以上に白黒がはっきりした文化ですし、ほんの少しのミスでも強烈にバッシングされます。サッカーなのでミスや敗戦は付き物で、それとどうやって付き合っていくかはとても重要。長友佑都選手や吉田麻也選手を筆頭に経験ある選手が1つの敗戦に動じない強いメンタルを体現し、チーム全体のリバウンドメンタリティーにつながりました。

 次はいよいよ決勝トーナメントで、このステージに残っているのは強豪国ばかり。ですが日本が対戦相手にコンプレックスを抱くことはないでしょう。繰り返しになりますが、選手の多くは日常的に世界を相手に戦っているので立ち合い負けする心配はありません。何よりも優勝候補のドイツとスペインに勝利したわけですから、大きな自信を得た状態で戦えます。

 次の対戦相手であるクロアチア代表の立場で考えると、日本はとても読みづらいチームのはず。メンバーもシステムも戦い方も、ここまでにいろいろな顔を見せてきたことが効果を発揮する。選択肢は間違いなく増えていますし、グループリーグ3試合を通して培ってきた経験も必ずや大きな武器になるでしょう。

 過信はいけませんが、自信を持って戦ってもらいたい。そして日本代表はどんな時も、歴史を塗り替える意識と覚悟で戦うべきです。これまで、3大会(2002年日韓大会、2010年南アフリカ大会、2018年ロシア大会)でベスト16という記録を残していますが、すべては過去のこと。先人が築いた歴史や記録は、自分たちの代で塗り替えていく。それを合言葉に、新しい景色を見せてほしい。(藤井雅彦 / Masahiko Fujii)