試合後の取材エリアで待っていると、奥から勝者の歌声が聴こえてきた。36年ぶりにワールドカップを制したアルゼンチン代表選手たちの大合唱だった。
リオネル・メッシを先頭に一団となり、取材には応じることなくバスに乗り込んでいった。彼らが生み出した熱狂の渦は記者たちをも巻き込んで大きなうねりとなり、勢いは誰にも止められない。
ある選手はシャンパンを撒き散らしながら飛び跳ねる。またある選手は旧知の記者と抱き合っている。先頭のメッシは大事そうにワールドカップのトロフィーを抱えている。
去り際の「ダレ! カンピオン!(王者が行くぞ!)」の大合唱が、メッシを中心に一丸となって戦ってきたアルゼンチン代表の喜びの大きさを象徴しているようだった。
「僕は全てを達成できて幸せだ。僕に欠けていたものがここにある」
メッシは試合後、アルゼンチン『TyCスポーツ』のインタビューでワールドカップのトロフィーを掲げた心境を語っていた。所属クラブで獲れるタイトルを獲り尽くし、代表でも昨年ようやくコパ・アメリカで優勝することができた。
ワールドカップはメッシにとってキャリアで唯一と言っていい、まだ手にしていない最大にして最高の栄誉だった。
現在35歳。同世代の選手たちの大半はすでに代表チームから去り、現在の主力は「メッシ」という存在に憧れてサッカーを続けてきた世代にあたる。メッシ自身は「ワールドカップは今大会が最後」と明言し、チームメイトたちは「何としてもメッシを世界一にする」という、ただ1つの目標に向かって団結していた。
ワールドカップのトロフィーを掲げれば、死してなお強烈な威光を放つディエゴ・マラドーナという“神”に並び、伝説になれる。そして、全てを勝ち取ったメッシはついに“神”となった。
もうアルゼンチン代表のユニフォームを着て戦う姿は見られないのだろうか。リオネル・スカローニ監督は優勝後の記者会見で「次のワールドカップで、メッシのための場所を守っておく必要がある。枠は26人分あるのだから。彼がプレーしたいのなら、その場所を空けておくことに何か問題はあるだろうか」と発言した。
一方で「メッシは、彼自身のキャリアとアルゼンチン代表において今後何をしていくか決断する権利を得たと思う」とも。背番号10の偉大なキャプテンは、誰にも指図されることなく将来の進む道を決めることができるだけの功績を残した。誰もがそれを尊重しなければならないだろう。
では、本人はどう考えているのか。試合後に『TyCスポーツ』のインタビューで、メッシは今後について次のように述べた。
「この試合で(代表での)キャリアを締めくくりたかったのは間違いない。これ以上、何も求めることはできないのだから。僕に全てを与えてくれたことを(神に)感謝したい。(中略)コパ・アメリカもワールドカップも勝ち取った。キャリアは終盤に差し掛かっている。でも、僕はサッカーが大好き。代表チームにいることを楽しんでいる。世界王者として、あと数試合はプレーし続けたい」
アルゼンチン代表は年内に試合を予定しておらず、次の活動は2023年に入ってから。2024年夏にはコパ・アメリカが開催される。果たしてメッシはあと何試合、あと何年、空色と白色の縦縞のユニフォームをまとってピッチに立ってくれるだろうか。
自身5度目のワールドカップで7得点3アシスト。決勝で元ドイツ代表のローター・マテウスを抜いて、ワールドカップの歴代最多出場記録を塗り替えた。
メッシのいないアルゼンチン代表なんて、想像できない。チームの象徴であり、アルゼンチンの英雄であり、サッカー界の神。同じ時代に生きてプレーする姿を見られていることが、どれだけ幸せか。サッカー選手に「引退」がないのなら、永遠にでもピッチ上で輝く“ラ・アルビセレステ”の背番号10の勇姿を見ていたい。
(取材・文:舩木渉)
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