4年に一度の祭典が終了した。アルゼンチンの36年ぶりの世界一で幕を閉じたが、カタールワールドカップは多くのサプライズに彩られた大会だった。世界のサッカーの「勢力図の異変」は、なぜ起きたのか。サッカージャーナリスト・後藤健生が考察する。

■4大会ぶりのPK決着

 ワールドカップ決勝がPK戦での勝負に持ち込まれたのは2006年のドイツ大会のイタリア対フランス戦以来4大会ぶりだったが、その時は例のジネディーヌ・ジダンの頭突きという後味の悪い事件があった。また、初めて決勝戦がPK戦に持ち込まれたのは1994年のアメリカ大会のブラジル対イタリア戦だったが、この時は疲労困憊した両チームはスコアレスドローに終わっていた(フランコ・バレージとロベルト・バッジョが失敗)。

 それに対して、2022年カタール大会の決勝戦は3対3という激しい点の取り合いとなった。長く語り継がれるべき決勝戦だったと言えよう。

 アンヘル・ディマリアの左サイド起用が当たって、立ち上がりから完全に主導権を握ったアルゼンチンが前半のうちにリオネル・メッシのPKと、パスをつないで最後はフリーになったディマリアが決めた2ゴールでリードした。

 前半のフランスのシュートはゼロ。そして、後半の30分近くまではアルゼンチンの一方的な試合となった。アルゼンチンがその間に何度かあったチャンスの1つを決めて3点差にしていたら、その時点でゲームは終わっていた。

■見事だった両監督の采配

 しかし、前半のうちにオリビエ・ジルーとウスマン・デンベレを交代させていたフランスのディディエ・デシャン監督は、71分にアントワーヌ・グリーズマンとテオ・エルナンデスを退けるという思い切った采配で強引に流れを引き寄せた。

 デシャン監督は、これまでのやり方を諦めてアフリカ系の足が速くて身長のある選手を並べて“パワープレー”に出たのである。

 身長の高い選手がいないアルゼンチンの最大の弱点を衝いたのだ。

 そう、準々決勝ではオランダのルイス・ファンハール監督がアルゼンチンに対してこの手段を使って0対2の劣勢から追いつき、延長戦に持ち込んでいる。デシャン監督も、このオランダの試合から“パワープレー”を着想したのかもしれない。

 そして、この選択が当たって、キリアン・ムバッペのPKと見事なボレーシュートによってわずか2分の間にフランスは2対2の同点に追いついた。その後、アルゼンチンのリオネル・スカローニ監督は3バックに変更してフランスに傾いた流れを再び引き戻すことに成功し、延長戦の終盤には身長のあるヘルマン・ペッセッラを入れてフランスの高さに対抗したのだ。もし、フランスが2点目を取るのが少しでも遅くなっていたら、アルゼンチンが2対1で逃げ切っていた可能性も大きい。

 技術的なハイレベルの争いとともに、両監督の采配も見事だった。そして、何よりも最後まで諦めない両国の選手たちの気持ちの強さが見る者の眼を最後まで引き付けることになった。素晴らしい決勝戦だった。

■20年ぶりの南米勢優勝

 南米大陸のチームが優勝するのは、2002年の日韓ワールドカップのブラジル以来20年ぶりだという。この間、南米大陸のブラジルで開催された大会でも開催国ブラジルは準決勝でドイツに大敗。決勝戦でも、メッシのアルゼンチンが延長戦の末に競り負けた。

 競技力の面でも、また財政面でも、世界のサッカー界をリードするのはヨーロッパのメガクラブだ。南米大陸を含む世界中の優秀な選手のほとんどは、ヨーロッパのクラブで活躍しているのである。

 その結果、FIFAが開催するクラブ・ワールドカップではヨーロッパのクラブの力は群を抜いており、南米の強豪クラブが守備的な戦いで何とか対抗しているのが現状。そして、過去20年間にわたってナショナルチームによる大会であるFIFAワールドカップでもヨーロッパがタイトルを独占していた。

 つまり、このままヨーロッパと他の大陸の格差が開き続け、“ヨーロッパ独り勝ち”の時代が来るのかと思われていたのである。

 とくに、2018年にヨーロッパ・ネーションズリーグが始まってからは、ヨーロッパ以外の国がヨーロッパのチームと親善試合を組むことすら困難となってしまった。ブラジルやアルゼンチンのような国でも、ヨーロッパのチームとの対戦ができないのが現状なのだ。

 そもそも、戦力の高いヨーロッパ各国が切磋琢磨することによってさらに実力を上げているのだとしたら、他の大陸との戦力さはさらに拡大してしまう……。

 カタール大会開幕前には、そんな懸念もあった。