「次にやりたいことが見つかった。それは監督になること。主役である選手を最高に輝かせられる監督になりたいと思っています」
今季限りでユニフォームを脱ぐ決断をした元日本代表DF槙野智章は、12月26日の引退会見で改めて力強くこう宣言した。
2006年にサンフレッチェ広島でトップ昇格を果たしてから17年。ケルン、浦和レッズ、ヴィッセル神戸と4つのクラブでプレーし、ミハイロ・ペトロヴィッチ監督などさまざまな指導者と仕事をしてきた。
日本代表では岡田武史監督を筆頭に、アルベルト・ザッケローニ、ヴァイッド・ハリルホジッチ、西野朗、森保一といった指揮官と共闘。日本を勝たせることに尽力した。その経験が監督志向を強める大きな原動力になったのは確かだ。
「いろいろなタイプの監督を見ましたけど、選手の能力を引き出せる監督になりたい。具体的な理想像はいませんけど、今までにない監督像を作りたい。地域と密着し、選手ともコミュニケーションを取って、『あの監督面白いよね』『巻き込み方が面白いよね』と思ってもらえる監督になって、多くの人に見に来てほしいと考えています」と、サッカーの人気アップや地位向上をつねに考え続けてきた彼らしい魅力ある指揮官を目指すという。
現時点ではJFA公認B級ライセンスを取得済み。A、S級を順調に取れれば、2~3年後には監督ができる状況になる。
ただ、本人は「オファーがあれば今すぐにでもやりたい」と鼻息が荒い。ライセンスを持たずにカンボジア代表の事実上の監督として采配を振るう本田圭佑のような例もあるだけに、できるだけ早くピッチに立ちたいというのが本人の願いだ。
とはいえ、名選手が名監督になれるケースは極めて少ない。世界を見ても、選手・監督としてW杯で頂点に立ったのは、マリオ・ザガロ、フランツ・ベッケンバウアー、ディディエ・デシャンの3人だけ。日本代表レジェンドもなかなかJリーグの舞台で成功できていないのが実情だ。
槙野が高いハードルをクリアしていこうと思うなら、まず指導者としての知識と経験を着実に積み上げることが肝心。本人は当面、解説業やメディア出演を並行して行っていきたい意向のようで、近い将来は固定チームを持たないJFAロールモデルコーチ就任などが有力視される。ただ、どういう形でもいいから現場に数多く立ち、選手と向き合うことを繰り返さないと、優れたコーチには近づけない。賢い槙野なら、厳しい現実をよく分かっているはずだ。
そんな彼にとってのストロングと言えるのが、現役時代に築いた幅広いネットワーク。それを駆使しながら、海外にチャレンジしていくことも可能なのだ。
「S級取得には海外クラブでの研修が義務付けられているので、必ずどこかに行くことになります。(アンドレス・)イニエスタからも『マキがバルセロナで勉強したいならサポートするよ』という言葉をもらっています」
「今、僕が注目しているのは2019年に優勝した(横浜F・)マリノスのスタイル。(アンジェ・)ポステコグルー監督はどんな相手でもゴールを狙うスタンスは一貫している。セルティックに移籍する小林友希にも『頼んでおいてくれ』と言いましたけど、ぜひ近くで見てみたいですね」と欧州コーチ修業計画があることも明かしていた。
代表でともにプレーした先輩の長谷部誠がドイツサッカー連盟公認A級ライセンス(UEFA-A)を取得したように、日本人指導者の欧州進出はようやく進み始めたところだ。しかしながら、すでに50人以上の欧州クラブ所属者がいる選手と比べると、指導者の海外進出はまだまだ遅れていると言わざるを得ない。
JFAの反町康治技術委員長も語学堪能な川島永嗣や吉田麻也らのUEFAライセンス取得を熱望していた。が、W杯経験者の槙野に関しても、欧州の現場を徹底的に回って最先端のメソッドを体得するようなトライは必要ではないか。その重要性を彼は森保監督とも共有したようだ。
「指導者の経験値を上げないといけないというのは森保さんとも話したこと。国際経験がある方がいいのは確か。自分もどうしていくべきかじっくり考えたい。来年1年間はさまざまな角度からサッカーを学ぶ時間になると思います」と槙野自身も意欲を高めている。
その先には、見る者を熱狂させる魅力的なフットボールを体現するという野望がある。「1-0で勝つより、4-3で勝つ方が好き」と、攻撃的なスタイルを追求していく構えだ。「後ろは2バックくらいでやりたいですね」とも笑いながら語っていた。それを実践するには、1人で幅広いエリアを守り切れるDFを育てなければならない。
FIFAワールドカップカタール2022で一世を風靡したクロアチア代表DFヨシュコ・グヴァルディオールのようなスーパータレントを育て上げ、超攻撃的なスタイルを具現化し、観客を魅了するような戦いを“槙野監督”が披露してくれればまさに理想的。引退会見にサプライズ登場した妻で女優の高梨臨さんもその日が早く訪れることを願っているはず。我々も心待ちにしたいものである。
取材・文=元川悦子