テレビデバイスが「どう見られたか」を可視化する「注視データ」

――現在、テレビデバイスの視聴データは、どんなことが可視化されてきているのでしょうか?

REVISIO株式会社・郡谷康士氏(以下、郡谷): テレビ画面に「映った」というデータだけではなく、テレビ画面が「どう見られたか」という、一歩深掘りしたデータが取れるようになっています。

弊社ではAIを使った人体認識技術を開発しており、 それを搭載した機器をテレビデバイスに取り付けることで 、データを取得しています。これによって、テレビ画面に映っているものだけでなく、テレビ画面の前に誰がいて、その人が本当にテレビ画面を見ているか、別のものを見ているかといった情報まで取得できるんです。これを「注視データ」と呼んでいます。

【写真・画像】TVマーケティングで求められる「注視データ」とは? 今、測るべき指標はインプレッションよりアテンション 1枚目

テレビ画面の前というのはアナログの世界で、誰が見ているかのデータは取ることができませんでした。そういったブラックボックスの部分を開けるというのが、弊社の一番の強みだと思っています。

注視データであれば、これまで視聴データの主流だった「視聴率」とは異なり、地上波のテレビ番組に限らず、「ABEMA」などに代表されるインターネット経由の動画配信サービスでも同様に取得できるので、より幅広いメディアを横軸で比較分析できるでしょう。

株式会社AbemaTV・小島功氏(以下、小島):地上波だけでなくインターネット動画配信サービスまで横断的にデータを計測・分析する取り組みは、アメリカではすでに主流になっていますよね。

郡谷:そうですね。アメリカでは「アテンションエコノミー」という言葉が流行していて、視聴者の注視(アテンション)に価値があり、ただマス媒体に向けて広告を配信するだけではダメだよねという考え方になってきています。

日本の地上波CMの指標は、「テレビ画面に何回映ったか」で判断されがちです。それが、インターネット動画配信サービスが普及し消費者の選択肢が格段に広がったことによって、単なる表示回数をもとにした「視聴率」ではなく、その先の「注視率」に着目することこそが、広告の本質であり消費者を動かすポイントなのではないか、とアメリカでは考えられています。

小島:「テレビ画面に何回映ったか」は広告を出す側の視点での指標なのに対し、注視データは「受け取る側がどういう状況なのか」を示す今までに無かったデータであり、われわれメディアはもちろん、エージェンシーや広告主様などのマーケターにとってもテレビマーケティングの価値を考えるうえで新しい変数が1つ増えたのではないかと感じています。

テレビデバイスは「ながら見」から「目的視聴」へ

――注視データによってわかったこと、新たな気づきなどがあれば教えてください。

郡谷:最も大きな進歩は、これまではマーケターたちが感覚的に「こうだろう」と考えてきた視聴者の行動が、定量データとして可視化できるようになったことです。

テレビ制作者はよく「うちの番組は面白い」「業界視聴率ナンバーワン」と言いますが、それを示す根拠は地上波の視聴率ぐらいしかなく、インターネット動画配信サービス限定のオリジナル番組も増えている今、広告主側としてはどの番組にどれだけ予算をかければいいかのデータに乏しい状態でした。

それが、注視データによる分析ができるようになったことで、広告主側は幅広いメディアの中から比較して検討しやすくなりますし、テレビ制作側も、今まで感覚的に作ってきたものが正しかったりそうでなかったりといった答え合わせができるようになりました。その為、少ない予算でやりくりしていたり、マニアックな深夜番組を作っているテレビ関係者ほど、注視データを見て喜んでいただいています。

小島:ある特定期間の注視データをREVISIOさんに出していただいたところ、多くのインターネット動画配信サービスで地上波より高い注視率がみられました。

※REVISIOデータ(2023年8月実績)、注視含有とは:世帯で地上波やアプリを利用している時間のうちどれぐらいの時間テレビ画面を見ているか注視時間の含有量を示した指標

これまでテレビデバイスは「ながら見視聴」が主流と言われていたのが、視聴スタイルの多様化によって「目的視聴」になりつつあるのではないかと考えられます。

郡谷:私も同じように感じています。地上波はつけっぱなしの状態が多いのに比べて、インターネット動画配信サービスの番組だと、リモコンのボタンを押して、例えば「ABEMA」に飛んで、そこからさらに番組を選択して視聴するというステップを踏みます。地上波に比べて「この番組を見たい」と思って能動的に視聴行動するユーザーが多いので、熱量が高いと言えると思います。

そういった観点では、たとえ地上波のほうがたくさん視聴者がいたとしても、コアなチャンネルを多く持ち、セグメントは小さくてもそれぞれに熱心なファンがついている「ABEMA」のほうが注視率が高いのは頷けます。

【写真・画像】TVマーケティングで求められる「注視データ」とは? 今、測るべき指標はインプレッションよりアテンション 3枚目

小島:ちなみに、先ほどの「ABEMA」の注視率をさらに時間帯別に分解してみたところ、いわゆるプライム帯に匹敵するくらい早朝~午前や深夜に高くなっていたことがわかりました。

そこで、この計測対象期間における番組編成を調べてみたところ、早朝~午前であればMLBや甲子園の生中継、深夜であれば海外サッカーや新作アニメ、オリジナルバラエティなどが放送されていました。いずれも「ABEMA」が強みとしており、ファンの多いジャンルです。

他メディアにおける関連性まで見ているわけではないのであくまで仮説ですが、取り扱う番組のオリジナリティやジャンルラインナップが注視率を左右する大きな変動要素となっている可能性があるということを定量的なデータで感じられたのは大きな気づきでした。

※REVISIOデータ(2023年8月実績)、注視含有とは:世帯で地上波やアプリを利用している時間のうちどれぐらいの時間テレビ画面を見ているか注視時間の含有量を示した指標 

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「データドリブン」な広告投資が加速する

――注視データの計測方法や活用法は今後どのように発展していくと思いますか?

郡谷:アメリカにおいてアテンションデータの活用がいち早く行われたのは、現地のテレビが多チャンネルで、ケーブルテレビを含む数十チャンネルから自分が観たい番組を選ぶという文化だったからです。

それに対して日本では、かつては地上波キー局とBS・CS放送以外はありませんでしたが、ここ数年で「ABEMA」を含め数多くのインターネット動画配信サービスが参入しました。これによって、アメリカと同様に注視データがさらに重要になっていくのではないでしょうか。

我々としては、広告主側が予算を動かす指標として注視データを使って欲しいと考えています。新たな業界のエコシステムとして、より良いコンテンツに、より良い投資が集まるようになると良いなと思っています。

実は「注視ユニークリーチ」という指標のデータを取っているのですが、例えばCMの認知度調査ではCM出稿量(広告を出す側の視点での指標)よりも注視ユニークリーチ(広告を受け取る側の視点での指標)のほうが相関係数が高い結果となりました。

また、世帯視聴率が高い番組の個人注視率を調べてみると、順位に変動が起きることがわかりました。「テレビがついている=視聴者が注目している」わけでは必ずしもないのです。

※REVISIOデータ、セグメント:個人全体、期間:2017年1月〜2022年9月

※REVISIOデータ、2023年4月クール:2023年4月3日~7月2日、属性:個人全体 ※区分:レギュラー+レギュラー特番+単発特番

小島:マーケターの課題である「リーチの最大化」を考えるうえで、従来の視聴率に加えて今回の注視データを用いて少し細かいところまでみていくことはより成否を左右する可能性があり、それに向けたノウハウを貯めていくという点を考えても、注視データ等の新たな指標を使ったプランニングは今後もっと意識してもいいかもしれないですね。

郡谷:我々も自社のテクノロジーだけではこういった示唆は得られず、「ABEMA」のようにコアなチャンネルも多数放送する新しいサービスが日本でも出てきたことで、データを充実させることができています。定量的なデータは「基礎体力」のようなもの。感覚ではなく、データドリブンで意思決定していけば、広告主側も適切な予算配分ができるはずです。

小島:そうですね。コネクテッドTVの普及でテレビデバイスの使われ方やその市場サイズが拡大している今こそ、様々なデータをもとに改めて予算配分を点検する良いタイミングかもしれませんね。

郡谷:そのように、マス媒体からコア媒体へ投資を切り替えるという決断ができる広告主が増えるといいと思います。

弊社のデータでは、テレビデバイスを見ている時間の約20%は地上波以外のインターネット動画配信サービスです。ではテレビデバイス上における広告費はどうかと比べたときに、地上波とインターネット動画配信サービスで98対2くらいと言われています。インターネット動画配信サービスの内訳には、広告を取らないサブスクリプションのサービスも含まれますが、視聴者が20%の時間を使っているのに対して、お金は2%しか使われていないというギャップがあるのです。

マーケターとしては、インターネット動画配信サービスにもっと投資しなければリーチを落としてしまうとわかっていても、そこにいきなり10倍の予算をかけられるかというと、社内の稟議を通すのは大変です。そこで、我々がデータの重要性を発信して、インターネット動画配信サービスは「これから来る」ではなく「もう来ている」と伝えていかなければいけません。

これまで感覚に頼っていたデータが定量化されることで、テレビ制作側はより正確な評価を得られ、コンテンツにも反映できる。広告主は適切な番組に大きな投資ができますし、視聴者も自分にパーソナライズされた広告に出会える。みんなが幸せになれるエコシステムではないでしょうか。このエコシステムを早く実現させるためにも、地道にデータドリブンな提案を続けていきます。

郡谷 康士氏(写真右)
REVISIO株式会社

代表取締役社長 
東京大学法学部卒。マッキンゼー・アンド・カンパニーにて、事業戦略・マーケティング戦略案件を数多く担当。リクルート中国の戦略担当を経て、上海にてデジタル広告代理店游仁堂(Yoren)創業。2015年よりTVISION INSIGHTS(現REVISIO株式会社)を創業し、代表取締役に就任。

小島 功氏(写真左)
株式会社AbemaTV

ビジネスディベロップメント本部 プロダクトマーケティングスペシャリスト
2003年にサイバーエージェントに入社し「アメブロ」のデザイン制作やマネタイズ業務などに携わる。2016年より「ABEMA」の広告商品開発や価値証明を担当し、2019年より広報業務も兼任。