>>スポーツマーケティングにおけるライブ中継特化型広告の可能性 AI活用で見えた新たな価値【ABEMA・NTTデータ インタビュー前編】を読む

「感覚の数値化」の重要性

—「ABEMA」とNTTデータでは、具体的にAIを使ってどういった取り組みをされているのでしょうか?

株式会社AbemaTV・綾瀬龍一氏(以下、綾瀬):「ABEMA」が開発した、国内OTT市場初のスポーツライブ中継時に配信するスプリットスクリーン型の広告商品「ABEMA Live Screen Ad」の効果検証のため、NTTデータさんのAIソリューションである「D-Planner」を活用しています。

「D-Planner」の特徴である、ユーザーの視点がどこに向いているかというアテンションを定量的にスコア化できることは、「ABEMA Live Screen Ad」の効果を検証するにあたってとても重要なものでした。

——NTTデータではAIを用いた「感覚の数値化」について研究を行っているとのことですが、具体的にどういったものなのでしょうか?

株式会社NTTデータグループ・大山翔氏(以下、大山):人の「感覚」は目に見えないものです。弊社が取り組む、感覚の数値化とは「脳の見える化」をしているという表現とほぼイコールになると思います。具体的には、人が何かを見たり聞いたりした時に、人間の脳がどういった反応を示すかを予測することを、感覚の数値化と捉えています。

——実際にどのように計測しているのでしょうか?

大山:弊社では「fMRI」という、病院などで活用されている機器を用いて、たくさんの被験者さんに協力してもらって脳の活動(脳活動といいます)を計測しています。さまざまな映像を視聴してもらいつつ脳がどのように活動しているかを計測します。例えば、サッカーの中継を見ているときには、脳がどのように活動しているかを計測するわけです。

現在、20歳から65歳未満の男女の被験者さんにご協力いただき、多くのデータを溜めています。このデータを用いることで、新たにサッカーの試合を見る際に、どういうシーンに注目が集まったか、どういう気持ちになったかを予測することが可能になります。

2015年頃からの取り組みで、データも少しずつ溜まり、2020年からサービスとして活用できるほどになりました。それが「D-Planner」です。

大山:実は、もともとこのサービスはCM広告などをイメージした、15〜30秒ほどの映像を分析するために開発したものでした。CMの場合、15秒という短い時間の中で大きく感情を変化させるような作り方をするので、それが尺の長いテレビ番組やスポーツ中継になった場合、どういった傾向が出るかは未知数でした。それでも「ABEMA」との取り組みなど、ポジティブな分析結果を提供できた事例が生まれています。

ちなみに、fMRIの機器の中で映像を見ることは、一見普段の視聴環境と違うように思えますが、基本的に被験者の皆さんはリラックスした状態で実験を受けていただいています。体感としては家のソファーで寝転びながらテレビを見ているのと変わらない脳活動データが取れていると思います。サンプル映像は私自身が1人目の被験者としてチェックしており、1人1人の脳に特徴があるとはいえ、多くの被験者の脳を撮像する過程で大きな外れ値のようなデータが及ぼす効果は小さくなっていきます。

綾瀬:確かに、普段と同じ視聴環境での分析というのが重要ですよね。

大山:弊社が行う実験では、脳を計測した被験者に「これについてどう思いますか」といった聞き方はしていません。どう思うかと聞かれると、どうしてもいいことを答えようとしちゃいますから。嘘がつけない人の気持ちを脳から計測できる点が強みだと思います。

綾瀬:視聴者の普段の視聴環境と変わらない条件づくりに力を入れているという点に、説得力を感じますね。

制作途中のクリエイティブ検証も可能

——「DーPlanner」を使った事例で、特にAIの強みが生かされたものがあれば教えてください。

大山:同じNTTグループの事例ですが、NTTドコモ様の「dポイント」のCM制作の過程で「D-Planner」を使っていただきました。出演している俳優の浜辺美波さんがシリーズごとに色々な衣装を着てサービスを訴求するという内容だったので、「何を着て、どんなことをしたら効果が出るか」について検証したのです。

このときは、CMの制作過程である絵コンテの状態のものを「D-Planner」で解析しました。そこで効果の高かったパターンでCM撮影をして、最終完成前に再度解析するというプロセスを踏みました。すると、あるパターンでは浜辺さんではない他のエキストラに視線が向いてしまうという検証結果が出てしまった。好感度も下がってしまうということで、より浜辺さんがしっかり目立つように構成を再検討するということが、完成前にできました。

「D-Planner」の場合、30秒程度で分析が完了するので、完成した成果物の効果検証だけでなく、制作過程のものにも導入しやすいんです。

綾瀬:テレビCMの制作には1本何千万円というコストがかかる場合もありますが、制作するCMが実際ユーザーにどれだけ響くかどうかを事前に予測でき、適切に修正しながら進められるソリューションは、マーケティングを効率化していくうえで重要な役割ですよね。

大山:広告業界の方々も、どんな俳優やタレントを起用するかという点は戦略的に考えられていると思うのですが、一方で絵作りやクリエイティブになると急にブラックボックス化してしまっています。

どれだけクリエイティブなCMでも、実は気付かぬうちに広告主や視聴者の満足度を損なっている可能性がある。なので、勘・経験・度胸だけではなく、感覚の言語化・定量化を通じて制作できれば、広告主や視聴者、クリエイターのそれぞれにとってメリットがありますし、あるべき状態と言えるのではないかと考えています。

他にも、地上波のグルメ番組での導入事例では、広告ブランドと番組のマッチングについての分析に「D-Planner」を用いることがありました。例えばビールの広告を出そうと思ったとき、直前に映っている映像が楽しそうな映像なのか、シリアスな映像なのかで視聴者への伝わり方は変わります。

何かプロジェクトが成功したり、ワイワイ飲んでいるシーンなのか、あるいは刑事さんが犯人を捕まえられず悔しい気持ちで居酒屋で一杯やっているシーンなのか。前者であればビールのおいしさは伝わりやすいかもしれませんが、後者の場合はビールよりも苦いコーヒーメーカーのCMのほうがいいかもしれないという判断もあり得ます。

こういった分析は、ゆくゆくはスポーツ中継でも応用できると思っており、試合の流れに沿って適切な広告を出していくことに繋がると考えています。

>>D-Planner®をテレビ番組およびテレビCMに活用した事例

AIで、よりパーソナライズされた広告体験を

——既に多くの事例がありますが、今後に向けた課題や、チャレンジしてみたいことを教えてください。

大山:今回紹介した事例では、日本人の大まかな脳モデルを用いて分析を行っていますが、サービスとしては性別や年代といったように、より細かく分類できます。ただし、ひとえに「スポーツが好きな人」にもさまざまなパターンがあって、野球が好きな人もいればサッカーが好きな人もいますし、野球全般が好きな人と、阪神タイガースが好きな人とそれぞれ脳の感じ方は全く異なります。

技術的には「阪神タイガースが好きな30代の男性」の脳モデルを作ることもできるので、このようにパーソナライズしたものを使って、中継するスポーツコンテンツに合わせてソリューションを提供していくこともできるのではないかと考えています。

【写真・画像】「脳科学×AI」で切り開く新しいマーケティングの可能性とは【NTTデータ×ABEMA対談インタビュー 後編】 4枚目

綾瀬:広告主が届けたいターゲットユーザーの脳を作って、事前に予測して刺さるコンテンツを出すことができるかもしれませんね。

我々も広告に対するアテンションだけではなく、先ほど大山さんが仰っていた、番組を通じての感情の起伏だったり、どういったシーンで視聴者のモチベーションが上がるのかなど、「ABEMA」が提供する番組においてどういった広告体験をしてもらえて、どれだけの効果があるかという分析などにもっとAIを活用していけるといいなと思います。

——今後、動画コンテンツにおいてAIのテクノロジーはどのように活用されていくと思いますか?

大山:生成AIの登場によって、多くの人が簡単にクリエイターになれる世界が訪れました。今後は、多くのクリエイティブを「どう選ぶか」「どうアジャストしていくか」までAIが担うことになるのではないでしょうか。もちろん、PDCAを回していくことが前提ですが。

綾瀬:「ABEMA」のコンテンツの良さは、スポーツやアニメ、バラエティ、オリジナルの恋愛番組やドラマといったユーザーが熱狂できる、趣味性の高いものが多いことです。だからこそ、それぞれに適したクリエイティブが重要ですし、広告に関してもコンテンツと連動し没入感の高いものであることが理想です。それを実現するために、AIの力をもっと活用していきたいと考えています。

大山:没入感という意味では、AI自体がエコノミーの中で自然に溶け込んでいる未来がすぐにやってくるのではと思っています。今、自分が体験していて、とても心地よく感じるコンテンツやクリエイティブが、実はAIが事前に決めて届けられていたものかもしれません。

スポーツの展開もある程度AIが読んでしまうかもしれませんし、それに合わせて広告を配置してくれるかもしれません。そんな未来の実現のために、「ABEMA」とより良い取り組みをさせていただきたいと思っています。

綾瀬 龍一氏(写真左)
株式会社AbemaTV

ビジネスディベロップメント本部 プロダクトマネージャー
2009年サイバーエージェントに入社。「アメーバブログ」の広告営業を担当後、ディスプレイ広告や動画広告のプロダクトマネージャーを担当。2019年より株式会社AbemaTVに出向し、「ABEMA」の動画広告のプロダクトマネージャーを務める。

大山 翔氏(写真右)
株式会社NTTデータ

社会基盤ソリューション事業本部 ソーシャルイノベーション事業部 エバンジェリスト
2015年株式会社NTTデータへ入社。 ニューロビジネスチームでニューロマーケティングに関する営業企画、コンサルティングを担当。通信事業者システム、インフラ事業者との新規事業創出、事業連携に従事した後、2020年より主にパートナーとのNeuroAIの販売/利用促進に注力。