「世界エイズデー」に合わせ、今年も様々な啓発イベントが実施された。HIV(ヒト免疫不全ウイルス)への感染によって免疫力が下がり、様々な疾患を発症した状態のことをAIDS(エイズ)と呼んでいる。かつては“死の病”などとして恐れられていたが、今日では早期の発見と適切な治療によって、女性であれば妊娠・出産についても心配をすることはないということをご存知だろうか。
一方、当事者支援を行っているNPO法人「CHARM」の青木理恵子事務局長は「陽性者の大半が男性、特に男性同性愛者が多いので、女性の場合は同じ立場の人に出会ったり、支援につながったりしにくい」と指摘する。そこで1日の『ABEMA Prime』では、HIV感染者で2カ月前に出産したばかりのメグミさん(30代)に話を聞いた。
■“亡くなる病気”というイメージがあったので、“私、死ぬんだな”って思った
「整形外科に入院していたが、次の日に内科の先生に呼ばれた。血液検査の結果を見せられ、“HIV”という項目に“+”の文字があるのを見た瞬間、すごくビックリした。“亡くなる病気”というイメージがあったので、頭が真っ白になって、“私、死ぬんだな”って思った」。
メグミさんは、28歳のときに交通事故に遭い、治療に伴う血液検査でHIVに感染していることが判明した。20代前半の頃に関係を持った男性が感染経路だった可能性があった。
HIV医療に詳しい横浜市立病院の立川夏夫医師によると、HIVの検査を広めたいという思いはあるものの、日本では海外に比べて陽性になる頻度が低く、社会からの偏見もあるため、事前に同意を取ることが原則だというが、メグミさんのように、事故により緊急の外科手術を伴う場合には医師の“針刺し事故”などに備え、術前に検査が行われ、そこで陽性が判明するケースがあるのだという。
治療により、「U=U」(Undetectable=Untransmittable)、つまり血液中のHIV量が検出限界値未満の状態が6カ月継続すれば、性行為で相手に感染させることもない、そう医師から説明を受けたメグミさんだったが、「自分の中では半信半疑」だったため、過去に交際していた男性にHIV陽性であることを打ち明けた。
「自分がうつしてしまっているのではないかという心配があったので、まずは今まで付き合っていた方のうち、連絡が取れる方にはすぐに検査をしてもらった。ただ、これはすごく難しい問題だと思う。私自身は恋人や旦那さん、家族には言っておかないと、もしうつしていた場合に治療が遅れてしまったら…という心配があったが、治療をしていればうつらない病気だと言われれば、あえて告知しないという方もいらっしゃると思う」。
立川医師も、「“リスクのある行為をした場合には伝えてください”と患者さんにお願いするようにはしているし、必要であれば検査をし、陽性であれば対応をしてもらうことがとても重要だ。しかし全員が伝えられるわけではない。特に日本の状況ではとても勇気がいることなので、感覚的には半々ぐらいの方は、伝えることができていないんじゃないか。もちろん、この世界に生きる上では様々なリスクが伴うものなので、それをどう考えるか、という問題でもある」と明かした。
■“産みたい”という気持ちはあったが、お母さんの気持ちも理解したくて…
普通に生活が送れることは分かったものの、恋愛や結婚、特に子どもを持つことは諦めざるを得ないと感じたというメグミさん。それでも、当時の交際相手が悩みを受け止めてくれたことで前向きになることができ、約半年後には妊娠が発覚する。ところが相手の母親に話をしたところ、出産を遠回しに反対され、堕胎を決断することになった。
「感染が分かったのが2月で、妊娠が分かったのが7月。病気を受け止めることすらもできない中で妊娠が発覚したので、どうしようかということで頭がいっぱいで、孤独感もあった。それでも付き合っていた方とは結婚を考えていたし、彼のお母さんとも家族ぐるみで仲良くさせていただいていたので相談したところ、“大事な娘のように思っているけれど、息子も大事、これから先、うつってしまうかもしれない”と。“産みたい”という気持ちはあったが、お母さんの気持ちも理解したくて、一人でギリギリまで考えた結果、“父親がいないのはかわいそうだ”ということで、苦しかったが決断した」。
そこから少しずつ自分の病気と向き合うようになり、支援団体とも繋がった。さらに相手の母親からは、テレビ番組を見て、HIVについて正しい知識を得たと連絡があり、謝罪を受けたという。
新しいパートナーにも恵まれ、去年、結婚。そして医師に思い切って相談したのが、妊娠・出産についてだった。近年の研究では、やはり服薬によって一定期間、HIV量が抑えられていれば、コンドームなしでセックスをしても、相手に感染させないことが分かってきたということを知り、メグミさんも再び自然妊娠することになった。
それでも懸念したのが、「母子感染」の可能性だった。胎内での感染や、産道を通過する際、母親の血液に触れることによる感染。さらに母乳を与えることでも起こる可能性があるからだ。投薬治療や帝王切開による出産で、感染のリスクは1%以下に抑えられると聞いても、不安が拭いきれなかったと振り返る。
立川医師は「やはり、きちんと治療をしておくことが必要だ。妊娠後期に初めてHIV検査をした際に陽性が判明し、出産時までにウイルス量を抑えられきれなかった場合、母子感染が起きてしまう可能性が出てくる。また、母乳には抗体がたくさん入っているが、リンパ球もたくさん入っているために、HIVが隠れているという心配がある。ただし、ウイルス量を抑えてられていた母親であれば、授乳もできるのではないかという試みも始まっている」と説明した。
■皆さんの勇気と元気に繋がることができたらと心から願っている
今年10月、無事に出産を迎えることができたメグミさん。今も3カ月に1回のペースで受診をし、1日1回の薬の服用を続けている。また、現時点では子どもには伝えない方向で考えているというが、それでもHIVそのものの話や、望まない妊娠の問題についてはうまく伝えることができればと話す。
「私が年老いて何かの病気になった時に子どもが知ることになることを考えると、事前に伝えておかなくてはいけないのかなとも思う。それはマイナスなイメージではなくて、大丈夫だよと安心させるような感じで伝える形になるのかなと思う」。
立川医師は「世界中の研究者が一生懸命治療薬を開発してくれているし、技術の進歩もある。人体の中でも最も寿命の長い、神経細胞、心臓の細胞、それから免疫細胞に入り込む、ある意味で非常に良くできたウイルスだが、計算上は70年お薬を飲み続けると完治するのではないかとも言われている。ただ、そうした自分の情報を、どうして人に言わないといけないのか、という難しい問題がある。伝えなければならないのは、やはり人にうつすかもしれないリスクがある場合だ
そう考えれば、お薬をちゃんと飲んで、U=Uの状態を達成できていれば、実際には言う必要はないと僕は思っている。また、“社会全体のウイルス量”という考え方がある。治療薬を使ってどんどん減らしていけば、“ゼロコロナ”はさておき、“ゼロHIV”というのは理論的に実現可能だ」。
今の心境について、改めてメグミさんは「最初は結婚、出産の全てを諦めなくてはいけないと思っていたが、本当にありがたいことに、医学の進歩によって普通に生活が送れる。元気な子どもを生むこともできた。恋愛に臆病になっていたこともあったが、必ず受け止めてくれる方がいると思う。自分らしく、楽しく恋愛をしてほしいなと心から思う。私たち陽性者に寄り添ってくれる、素晴らしい支援団体の方々もいる。もし一人で悩まれている方々がいたら、力になれたらいいな。私の話が皆さんの勇気と元気に繋がることができたらと心から願っているし、ぜひ私たちと繋がってみませんか」と語った。
慶應義塾大学の夏野剛・特別招聘教授は「あれほど大変な病気だと言われていたHIVが、ここまでマネージャブルになってきたという現実。ただ、そこに社会の理解が追い付いていない部分があるので、より理解を深めていくことが必要だと感じた。また、統計では男性の陽性者が多いということだが、“罹った人が悪い”みたいな考え方はやめて、みんなで向き合っていくというのが大事だということが分かった」と話していた。(『ABEMA Prime』より)
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