竹永亮太先生
北九州市の小学校教師で合唱部の顧問を務める竹永亮太先生(34)。28歳の時に、次第に身体が動かなくなり、最終的に自力で呼吸ができなくなる原因不明の難病「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」のうち遺伝が原因とされる「家族性ALS」と診断された。
左足はすでにうまく動かすことができないという竹永先生。合唱部の顧問として、歌を通して子どもたちに伝えたいこととは何か。難病と向き合う男性の姿を追った。
■失意を救った子どもたちの歌声
生徒たちと竹永亮太先生
北九州市にある日明(ひあかり)小学校で、4年生のクラスを受け持つ竹永先生。放課後になると、顧問を務める合唱部のもとへ向かう。部員は3年生から6年生までの28人。6歳からピアノを習っていた竹永先生は、中学生の時の恩師に憧れて教師の道へと進んだ。
しかし、教壇に立って3年目の28歳の時に遺伝子に異常が見つかり、将来ALSを発症すると診断される。最終的には自力で呼吸もできなくなる国指定の難病で、全国でもおよそ1万人の患者がいるとされている。
失意の中、偶然耳にしたのが日明小合唱部の歌声だった。子どもたちの姿に心を動かされ、教師を続けていく決意を固めた。その後、日明小学校に異動し、2年前に合唱部の顧問となった。
「うれしい反面、その頃から病気の症状が出始めていたので、動ける時間を自分や家族のために使いたいという思いもあった。ただ、あの時に元気をくれた子どもたちに恩返しをしたい気持ちもあり、いろいろな葛藤の中で合唱部の顧問を引き受けることにしました」(竹永先生)
■「君よ、大樹たれ」生徒たちに伝えたいこと

