■検査の負担増加に事業者が悲鳴

 もうひとつの突きつけられた課題は「検査の不備」だ。国の運輸安全委員会は船の甲板と内部をつなぐ「ハッチ」の不具合が事故につながったと結論づけている。船はハッチのフタが固定されていない状態で海に出ていた。激しい揺れの繰り返しでフタが開き、内部に海水が流れ込み、沈没したとされている。

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運輸安全委員会の最終報告書

 事故の8日前に撮影されたハッチの写真を見ると、フタがおよそ2センチ浮き密閉できていないことがわかる。事故3日前に検査が行われたが見過ごされてしまったのだ。検査は目視のみ。当時のルールでは、見た目が良好であれば実際にフタを開け閉めする試験は省略できることになっていた。

 小型船の検査を行う国の代行機関「JCI(日本小型船舶検査機構)」は2023年1月、国から指示を受けて検査の項目を増やした。いまの JCI の検査を事業者はどう感じているのか、全国の旅客船業者497社を対象にアンケート調査を実施したところ173 社から回答を得た。

 アンケートで明らかになったのは「検査の負担増加により、経営が圧迫されている」ことだ。小型船を所有する事業者のうち、86%が知床の事故の後にJCI の検査が「厳しくなった」と答えた。また検査の平均時間は厳格化される前と後で3.6倍に増えていた。なかには3時間から24時間へと、検査時間が8倍になったという回答もあった。

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長谷川正人船長

 実際、検査の何が負担となっているのか。知床ネイチャークルーズ長谷川正人船長に話を聞いた。検査項目は「船体のへこみや水漏れなど」。以前は船を海に浮かべたまま検査を受けることができたが、事故の後、5トン以上の船の検査については船底の状態を確認するため陸揚げが義務化された。その陸揚げの費用は事業者の負担となる。

 長谷川船長は「(検査準備の負担が)増えた」としつつ「キングストン(止水弁)なんて素人は触らないから。エンジン業者が開放・脱着を行う。これだって1、2 万でできないから。それから点検項目も増えている」と実情を語った。

 沈没した船では目視だけだったハッチの検査は、検査員がフタを手で持ち、しっかり閉まっていることを確認していた。以前までおよそ1時間だった検査時間はおよそ 2 時間半になった。そうした長い検査やかさむ費用などから、全国の事業者が検査への不満を抱いている。

 また、検査員の能力を疑問視する声もある。「JCI は検査に来たのに懐中電灯を持たず、ケイタイ電話で検査をしていた。JCI の研修が出来ておらず、検査当日に研修していた」「何か質問をしてもその都度『本部に確認が必要』となり、すぐに回答してもらえない」。

 JCI は民間法人で、主な収入は検査の手数料。全国的に小型船の数が減っていて、6年前から検査員の数を減らしている。神戸大学大学院海事科学研究科・若林伸和教授は「JCI は民間の法人ですから、採算とか経営の問題が求められていて。そして検査員の数を減らすという計画を出してしまった。それが妥当だったかは検証する必要がある。旅客船に限っては小型船舶でもJG(国交省)が国の責任で検査することが必要」との見方を示した。

■観光船以外にもしわ寄せが
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