■広島の記憶を子どもたちに語り継ぐ
節子さん、カナダの高校生を「平和大使」として広島に派遣
節子さんは、7人きょうだいの末っ子として広島で生まれた。終戦の前年、女学校(当時)に入学した。しかし、13歳の夏に、爆心地から1.8キロ、同級生と軍の施設で暗号解読の作業をしていたときに被爆。家族が亡くなり、そして多くの友人の死を目の当たりにした。
「人を助ける仕事がしたい」と社会福祉を学ぶためアメリカに留学。23歳の時、カナダ人のジム・サーローさんと結婚した。カナダを拠点にソーシャルワーカーとして働くかたわら、自身の被爆体験を語り始めた。
「日本にいれば新聞だとかラジオだとかみんなで、苦しんだ人たちも一緒に集まって話ができる、そういう情感の共有ができる。それがここでは全然できない。自分が孤立して一人でその思い出で苦しむ、悲しむ。それが自分一人の問題でなくて、世界中でするべきことなんだけどそれがされていない。でも私には現実の記憶がある。だからどうすればいいのか。そのギャップを克服するためには行動をしないといけなかった」(節子さん)
子どもたちに広島の記憶を語り継ぐ
