空襲を経験した人は少なくなった。それでも一部の自治体を除き、救済はないまま。年齢を重ね、東京へ行くことも難しくなった木津さんは、浜松大空襲の体験をつづった手紙を天皇陛下や総理大臣に送っている。「コピーじゃね、あれだと思ってね。自分でみんな書いたんだ。手がくたびれちゃってね」。

「小さなバクダンの破片が私の背中にもう80年も同居している これが時々アバレル とても辛い時が今も来る 大変です 苦しみ解ってください もう80年もですよ」(木津さんの手紙より)

 木津さんは「『金を送ろう』じゃなくて、『大変でしたね』の一言が欲しくて。総理でもどこでもいいで。誰かがそういう手紙を送るのを待っていたけど、ついに来ないけどね」と語り、後遺症で痛む右手で書いた手紙を今年も送った。

「殺された両親たちの代弁者に」3歳で戦災孤児になった女性の闘い
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