■国内最大級の延焼…「樹冠火」による急速な拡大
岩手県の沿岸南部に位置する大船渡市。2011年、東日本大震災で甚大な被害を受けたが、着実に復興の道を歩んできた。
山火事が発生したのは、海に面した赤崎町合足(あったり)地区。2月26日午後1時2分。漁港近くにいた人から消防に通報が入った。火は東側の三陸町綾里(りょうり)へと延焼する。
大船渡市では2025年2月の降水量が平年の6パーセントにとどまり、過去最も少なかった。19日に同じ地域で山火事があり鎮圧されたばかりだった。
この日は、昼ごろから北西の風が強まり、最大風速8.3メートル、最大瞬間風速18.1メートルにまで達した。この風の影響で、発生当日はヘリによる空中消火を実施することができなかった。
避難指示は最大4596人に出され、多くの住民が避難生活を余儀なくされた。県外の緊急消防援助隊や自衛隊も加わり、24時間態勢で消火にあたる。発生6日目には、通常は行わないとされる住宅への空中消火も実施。延焼範囲は、初日だけで600ヘクタール、発生3日目には1200ヘクタール、その後も2000ヘクタール以上へと拡大する。
流れが変わったのは、発生8日目の3月5日。この日、16日ぶりに待望の雨や雪が降り翌日以降、延焼は止まった。発生12日目にして、市はようやく鎮圧を宣言。延焼範囲は平成以降、国内最大となる3370ヘクタールに及んだ。翌日にはすべての避難指示が解除され、久しぶりに自宅へと戻った住民たちだったが、そこで待っていたのは残酷な現実だった。
この山火事で、90歳の男性1人が死亡し、住宅90軒を含む226軒の建物が被害を受けた。産業の被害総額はわかっているだけで26億円以上にのぼる。
山火事で被災した赤崎町外口の袖野雄さん。写真を見せながら「がれきみたいなのが重なっている辺りに家があった」と話す。家族7人で避難所生活を送っていたところ、消防署で働く知人からの写真で、家が全焼したことを知った。
東日本大震災の津波で家を失い、実家を増築して暮らしていた我が家だった。「住宅ローンとか35年で組んだので全然残っているので、次建てられるかどうかは正直不安ですね」(袖野さん)
三陸町綾里の石浜地区でアワビの陸上養殖をしている「元正榮(げんしょうえい)北日本水産」。震災でも建物が全壊する被害を受け、再建を果たしたところの山火事だった。古川季宏(すえひろ)社長は「配管も1本かなと思ったんですが、3本とも壊れていて、これじゃあ時間がかかるなと思った」と話す。
海水をくみ上げるポンプの配管が焼け、およそ250万個のアワビが死んだ。被害総額はおよそ5億円。「しばらく出せる商品がないので、なんとか頑張っていくしかないです」(古川社長)
国内外で山火事の調査をしている京都大学・防災研究所の峠嘉哉特定准教授。鎮火後初めて、山に調査に入った。「ここは合足地区から東側の八ヶ森の斜面上にあります。出火してすぐに樹冠火(じゅかんか)によって綾里の方に向かって速い延焼で進んでいったんじゃないかと思われる部分です」(峠特定准教授)
峠特定准教授は出火から1、2時間の間に発生した樹冠火によって延焼が速まり、広範囲に拡大したと指摘する。国内で発生する山火事の多くは、地表の落ち葉などの可燃物に燃え移る「地表火(ちひょうか)」だが、地表火の勢いが強まると、木の上の方にある葉から葉へと燃え移る「樹冠火」が起こるという。
「樹冠火の特徴としては、延焼速度が速い、飛び火が多いということがありますので、その速い勢いで斜面を駆け上るように延焼していったんじゃないかと思います」
どのようにして燃え広がったのか…証言と映像から検証
