■「ホワイト化」は救いか、それとも魅力の喪失か
競技人口を増やすため、野球界では「練習時間の短縮」や「球数制限」、「7イニング制」の導入といった、いわゆる“ホワイト化”が模索されている。しかし、この改革の方向性について意見は割れる。
野球ファンのEXIT・兼近大樹氏は、ライト層の入りにくさを指摘する。「7回にしましたとか、球数制限によって何回で何球までとか、何球投げたら何試合出られませんとか、それも野球知ってる人だけが理解できるだけ。これから入ってくる人には意味がわからない」。
こうしたルール改正は野球人気を広めるためではなく、野球を批判している人たちの声を抑えるために行われている側面があると分析した。
一方で、小野氏は野球から厳しさや理不尽を排除しすぎることの弊害を説いた。大谷選手らの活躍の根底には日本の厳しい高校野球で培われた精神があると主張する。かつての社会では、野球部出身というだけで「厳しいのに耐えられる、理不尽に耐えられる、礼儀がある」と評価され、採用に直結する文化があったと振り返った。
「それを全部クリーンにしてしまって、何にもない野球出身者になったら、企業として、一般人として何も変わらなくなってしまう。昔だったら補欠でも3年間頑張ってやる、耐えることが大事だったと言っていたものが、なくなってしまう」。
勝つために準備することが野球をやる意味の学びであり、それを野球で勉強できるのであれば、楽な教育なのではないかと、現在のホワイト化の流れに一石を投じた。
これに対し里崎氏は、チームごとの「選択制」を提案する。「『うちは勝利至上主義でゴリゴリにやります』というチームがあってもいいし。『いやいや、勝ち負けじゃないです。エンジョイです』と、みんなで試合に出て、みんなで楽しくやっていくチームがあってもいい。どちらかでなくてはいけないというのは違う」。
どちらか一方の価値観を強制するのではなく、ニーズに合わせて子どもや親が選べる環境こそが必要だとの持論を展開した。
■エンタメの多様化と、野球が歩むべき「次のフェーズ」
