「泣きながら飯食ってる」山川豊(67)抗がん剤の壮絶な副作用、激痛に耐えながら…長男と挑んだディナーショーで見せた“プロの姿”「ステージが一番、最高」

(4/8) 記事の先頭へ戻る

きょうだいはショック「『もう死ぬんやな』と」

 楽とは言えないことが、もう1つある。「女房任せだったから、本当に何にも知らない」。独立を決めた翌年、22年連れ添った妻と離婚し、1人マンション住まいに。闘病生活を支えてくれたのは、実の息子だった。「一番心配なのは、坊主と2人でやっていて、(お金を)わからない同士がやっているから」。山川から坊主と呼ばれるのは、長男でマネージャーの隼也さんだ。

 山川の3つ上の姉・畑中奈津枝さんは、がん発症当時のショックが忘れられないという。「1回目の電話で『俺、がんや』って言ったんです。もう私たちは古いから、がんと言うともう死になる。脳にも転移しているし、骨にもと言うから、『もう死ぬんやな』と。もうそれしか頭になかった」。

 一方、妹の城山美穂子さんは、「もう真っ白ですよ、私らも。『何言ってんの?』みたいな。本人も真っ白ですけど、すごくショックで、姉ももう泣いていましたし」と明かす。

 実兄である演歌歌手・鳥羽一郎も、「びっくりしましたよ。いきなりですからね、言葉のかけようないじゃないですか。『ちゃんと精密検査して。それが先決だから』ということを言ったけど、かなり弱気になっていた」と話す。

絶対にがんに負けられない理由があった
こんな記事も読まれています
この記事の写真をみる(26枚)
このまま画像を見る
続きは広告を見た後にご覧いただけます
クリックして広告を見る