■ひ孫との別れと変わりゆく島…103歳の今
2017年から昭和火口はほぼ活動を停止し、替わって南岳の活動が活発になった。南岳は今も頻繁に噴煙を上げている。
2024年春、トミ子さんの暮らす黒神集落は穏やかな日々が続いていた。子供の数が減る中で、島内の小・中学校が一つに統合されることが決まっている。子供たちは中学を卒業すると、進学や就職で鹿児島市や県外に行ってしまう。
帰省していたひ孫の悠樹さん(19)は「一年いたからだいぶ慣れたけど、初めての一人暮らしだし、ばあちゃんも心配だし、いろいろ大変です」と明かす。悠樹さんは高校を卒業後、沖縄のダイビングの専門学校に進学し、そのまま沖縄で就職した。一番のおばあちゃん子で、トミ子ばあちゃんの昔話を聞くのが大好きだ。
「ごろごろごろ たん ごろごろごろ たん。溶岩が流れてくる音だった。それに気づかなかった。どろどろどろっと溶石の長いのが流れてきた。その溶岩でタバコに火をつけた人がいた」トミ子さん
「ファンキーだよね、昔の人は」悠樹さん
昔話を聞いて、悠樹さんは「軽石の話とか聞くと避難する時は気を付けないといけないなって思う」と話した。
「ありがとうね、ばあちゃん。また正月には絶対帰ってくるから」悠樹さん
涙するトミ子ばあちゃんに、悠樹さんは「泣かないで、ばあちゃん。ごはんもちゃんと一杯食べるんだよ。家も暖かくして、夏になったら涼しくするんだよ。エアコンも、もったいないとか言わないで使ってね。バイバイ!」と声をかけた。
大好きなひ孫との別れはちょっと辛い。
トミ子ばあちゃんに初めて会ってから37年が過ぎた。103歳のお誕生日を前に訪ねてみると、干していたのは大好物の桜島大根だった。「小学校からこんなに大きな桜島大根をもらったの。きれいな大根だった」。
細かく切って干大根を作っていた。足腰が弱って少しお疲れ気味で、手押し車が手放せなくなっていたが、それでもじっとしていない。「しんどい…。たまにはこうして足を動かさないと」。
5月、桜島は地下のマグマの影響か、山が膨らむ「山体膨張(さんたいぼうちょう)」の現象が見られ、断続的に噴火や爆発が続いた。トミ子ばあちゃんの暮らす黒神集落を降灰が直撃。訪ねてみると、孫の理沙さんが灰の掃除をしていた。
「ここまで降っているとは…。小学校・中学校以来のドカ灰」理沙さん
「夜は音とかしませんでした?」山野記者
「昨日、一回揺れた」ひ孫の彩希さん
そう話していた最中にも噴火。山野記者が「すごいですよ、見て下さいあれ」と噴煙を指すと、理沙さんは「やーだー」と声をあげた。
噴火警戒レベルは「3」のままで避難指示などは出ていない。桜島に住む彩希さんは予兆を感じていたという。「最近静かで、一昨日ぐらいから硫黄の匂いがし始めて、昨日から噴火し始めた」。
2人はトミ子ばあちゃんのことが心配で黒神に泊まりに来ていた。トミ子ばあちゃんも起きてきたようだ。
「灰が来たら終わり。また昔にかえるのかなあ。嫌だなあ、嫌だ。やっと忘れていたのに」(トミ子さん)
桜島の農家にとって降灰は大敵だ。特産の桜島大根は、芽が出たばかりの頃の降灰が一番やっかいだ。桜島大根農家の重久清隆さんは「灰が来たら大変。苗が小さい時に降ったらだめ。成長したら大丈夫。大根も力があるから」と説明する。
山が噴煙をあげる限り、桜島のどこかで灰が降る。火山と風向きに翻弄される生活だ。
「朝起きたら灰が積もって、それを掃いて、水を流して。貧乏暮らしだ」トミ子さん
「そんな事があってもやっぱり黒神が良い?」山野記者
「こんな事があっても黒神が良い」トミ子さん
9月、黒神集落で最後の運動会が開催された。トミ子さんも元気な姿を見せた。会場には懐かしい顔がたくさん。「あと20年生きたら120歳だ」と声をかけられ、「それよりまだ生きる」と笑った。
「トミ子ばあちゃんが生きているうちに、桜島が大噴火することはない?」山野記者
「ないと思う、私が太鼓判を押す」トミ子さん
「お孫さんとか、ひ孫さんの代はどうだろうか?」山野記者
「その時はその時。自分も渡ってきた道だから。孫、ひ孫たちも覚悟をしていると思う。こんなところだけど、良いところだよ。ここは…」トミ子さん
(鹿児島放送制作 テレメンタリー『燃える島に生きる トミ子ばあちゃん桜島日記』より)
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