●勝敗のポイントは機械
FIFAワールドカップカタール・グループC第1節、アルゼンチン代表対サウジアラビア代表が現地時間22日に行われ、1-2でサウジアラビア代表が勝利した。アルゼンチン代表は決定機がことごとくオフサイド判定となったが、その原因の1つがサウジアラビア代表の守備にあった。(文:西部謙司)
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勝敗を決めたのはテクノロジーだったといえなくもない。アルゼンチンの先制点となったPKはなかったかもしれないし、リオネル・メッシとラウタロ・マルティネスのシュートは得点と認められていたかもしれない。いずれもオフサイドでノーゴールだったが、非常に微妙であれを肉眼で判定するのは無理である。機械あっての判定であり、サウジアラビア代表のDFも本当にオフサイドだったかどうかはわからないだろう。
機械判定がなければアルゼンチンの3-1ないし2-0になっていた可能性は高い。機械のおかげでより正確な判定ができるようになったわけだが、人間のほうは誰も確信が持てないのだから勝敗のポイントは機械だったということになる。
ただし、サウジアラビア代表の勇気あるラインコントロールがその前提としてあった。
サウジアラビア代表のシステムは4-4-2あるいは4-2-3-1だが、守備ブロックの作り方が独特。ふぁらす・アル・ブライカンが最前線の守備者で主に左側にいる。サルマン・アル・ファラジは2トップの右側担当としてはやや位置が低い。右のインサイドハーフのようなゾーンの抑え方だった。2ボランチの1人、アブドゥレラー・アル・マルキは2人のCBの前に深く構えていて、もう1人のモハメド・カンノはそれより高く左側のハーフスペースを守っていた。4-4-2と4-3-3の中間のような守り方で、しかも左右が非対称なのだ。
●アルゼンチン代表を完全に把握した守り方
ルナール監督はアルゼンチン代表の攻撃時のメカニズムを分析しきっていたようだ。サウジアラビア代表の守備が一部非対称なのは、アルゼンチン代表の攻撃が非対称だからだ。ボランチ右側のロドリゴ・デ・パウルはやや上がり目で、ここはカンノとマッチアップする。もう1人のボランチ左側のレアンドロ・パレデスはアンカーポジションに近く、ここは少し引き気味のFWアル・ファラジが捕まえやすい。
サウジアラビア代表のボランチの1人は中央でメッシをマークしているので、サウジアラビア代表の右側ハーフスペースは空いている。そこへアレハンドロ・ゴメスが下りてくるのを想定して右サイドハーフのアル・シャフリは予め絞ってスペースを埋めていた。アルゼンチン代表のSBは位置が低いのでマークする必要はないということだろう。
さらに、サウジアラビア代表の左側ハーフスペースにいるMFデ・パウルが下がり、そこへメッシが下りてくることも想定していた。アンカーポジションのアル・マルキがついていくか、メッシがバイタルに留まっているときはCBが前へ出て迎撃する。
非常によく考えられた、アルゼンチン代表の出方を完全に把握した守り方だった。
ただし、守備配置が良いからといって守れるわけではない。アルゼンチン代表の攻撃メカニズムを読み切り、マークのズレが発生しないようにしながら、ディフェンスラインを高く設定してスペースを与えなかった。アルゼンチン代表はライン裏を再三狙い、何度も攻略に成功していたがそのたびにオフサイドになっている。タイミングはぎりぎりで、サウジアラビア代表のハイラインはリスキーだったが、そこはテクノロジーが助けてくれた。
●5分間で逆転したサウジアラビア代表
よく守っていたサウジアラビア代表だが、攻め込めても全くシュートまでつながらない。前半のシュートはゼロだった。1点ビハインドなので守るだけでは負けになる。
後半、サウジアラビア代表はより高い位置からのプレスに移行した。一発でラインの裏をとられる危険はあったが、SBのポジショニングが低いアルゼンチン代表はこのハイプレスにビルドアップが行き詰った。
48分、状況を打開しようと下がってパスを受けたメッシから2人がかりでボールを奪うとすかさず前線へパス。2対2の状況からアル・シャフリが1人を外してゴール、同点とした。サウジアラビア代表のファンで埋まったスタジアムに大歓声が沸き起こる。
53分、サウジアラビア代表が逆転する。アルゼンチン代表のクリアしたボールを拾ったアル・ドサリが強引に2人を引きずるように外して渾身のミドルを突き刺した。
アルゼンチンは3人を交代して猛攻を仕掛ける。しかし、GKモハンメド・アル・オワイスのファインプレー連発でしのいだサウジアラビアは、次々にDFを増員して最終的には6-4-0とでも呼ぶべき全員守備で守り切った。
前半アディショナルタイムに攻撃のキーマンであるキャプテンのアル・ファラジが負傷交代したが、代わったナワフ・アル・アベドも同じ守備タスクを忠実にこなし、後半の5分間にゲットした2点で勝負を決めた。
●分析力と実行力
アルゼンチン代表はビルドアップ時のSBが低すぎてパスワークに支障をきたし、メッシを自由にするはずのメカニズムも封じられ、一発のパスでFWを抜け出させるカウンターはことごとくオフサイド。プレーぶりもいかにも古臭い感じだった。
だが、古くてもこれで無敗を続けてきたチームであり、アルゼンチン代表のプレーぶりが酷かったわけではない。ゴールにならなかった2つのオフサイドは非常に際どいものだった。これはこれでチームとしてまとまっているので大崩れする予感はそれほどしない。
歴史的勝利のサウジアラビア代表は、分析力と作戦実行力の高さに驚かされた。弱点のプレー強度の低さを露呈することはなく、球際の強さに定評のアルゼンチン代表にひけをとらない戦いを見せていた。攻撃の核であるアル・ファラジ、機敏で攻撃力に優れた左SBヤセル・アル・シャハラニの負傷交代は気になるところだが、グループリーグ突破へ大きな3ポイントを手にした。
(文:西部謙司)