サッカーの奥深き世界を堪能するうえで、「戦術」は重要なカギとなりえる。確かな分析眼を持つプロアナリスト・杉崎健氏の戦術記。今回はカタール・ワールドカップの初戦、ドイツ戦を深く掘り下げる。
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優勝候補の1つに挙げられたドイツ代表を相手に、2-1の逆転勝利を収めた日本代表。今回はこの試合を対象に振り返る。
戦前、ドイツを分析すれば、どのような戦術を敷いてくるかは把握できた。森保監督やスタッフ陣も同様にチェックしたはずで、可変式に攻撃を繰り出してくること、後半の時間の経過とともに破綻していく姿も目にしたはずだ。
それを踏まえて、局面ごとに振り返りながら、今後の戦いに向けてさらなる向上を期待しつつ、本投稿としたい。
まずは日本の攻撃について。自陣での攻撃は、前後半ともに苦労した印象だ。相手の強度やスピード感は映像だけでは伝わらない。特に前半は、ボランチの遠藤選手と田中選手を経由することができず、GKや最終ラインからロングボールで回避する姿が多かった。彼らだけでなく、実際のピッチでボールを受けた時、相手の圧力を想像以上に感じ取ってしまったかもしれない。
図1は27分のシーン。板倉選手から下がって受ける酒井選手にボールが入ったのに対し、相手の左SBであるラウム選手が前に出た。当然、その後ろが空き、伊東選手が浮くため、そこを狙ったがタッチラインを割ってしまった。
この時、ボランチの田中選手は下がってサポートしようとしたがギュンドアン選手に監視され、遠藤選手はミュラー選手に見られていることもあり、歩いていた。また、鎌田選手はボールとは逆サイドにいて受けられる位置ではなかった。
このシーンは偶然だったわけではなく、少しさかのぼるが16分の吉田選手が出しどころに迷って権田選手に戻したのも同じで、20分は板倉選手からのミドルパスを前田選手が落とし、酒井選手が裏を狙ったがシュロッターベック選手に渡してしまったシーンもあった。
解決策としては、ボランチが恐れずボールを中央で受け、サイドを変えることも必要になってくる。FIFAのデータサイトによると、この試合のスイッチプレー(サイドチェンジ)は2回しかなかった。
後半は日本がシステムを5バックに変更したこともあり、ビルドアップも形が変わった。67分は下がって受ける鎌田選手と、最終ラインに落ちた田中選手がパスを出した後で前に出て「中央」で関わったことで、相手の矢印を変えさせ、結果的に吉田選手のロングフィードに酒井選手が抜け出し、浅野選手がボックス内でシュートを打つまでに至れた。
次のコスタリカ戦も、3戦目のスペインが相手でも、恐れずボールを受けるボランチの姿を期待したい。
次に敵陣での攻撃について。この試合のボールポゼッション率は22%だったことからも、回数は少なかった。パス本数は普段であれば500から600本は超えるが、この試合はたったの261本。ブラジル戦でもそうだったように、いかに奪った時に相手の背後を狙えるかに焦点が絞られていた。
前半は敵陣やハーフウェーライン付近で奪ってからショートカウンターを仕掛けたものの、シュート自体は最後の前田選手のヘディングシュートのみ。敵陣で「構築する」姿はなかった。
相手の中盤と最終ラインの間を突いたのは90分で54回と出たが、これはドイツの3分の1の数字。そこで力を発揮する鎌田選手や久保選手が自ら自身の出来を酷評したように、タメを作れなかったことは課題だろう。
この局面においては、後半のシステム変更が奏功した。ウイングバックとなった酒井選手はスタートが高い位置となり、彼が起点となって右からの崩しが増えた。49分のシーン(図2)は中央の鎌田選手からワイドで受け、ラウム選手の背後をパスとランニングで取れたし、52分は田中選手とのパス交換で上記のライン間を使って進入できた。
56分も吉田選手のカットからワンタッチパスでリュディガー選手とキミッヒ選手の間にいる浅野選手に通し、3対3の状況を作り出した。
これは前半の立ち位置ではできなかったものであり、72分の伊東選手のシュートのこぼれ球を押し込めなかったのは、今となってはご愛嬌となるかもしれないが、酒井選手が流れの中でのボックス内でボールを触った唯一で最大の決定機を作れたのもその恩恵だったと言える。
ドイツ代表は、ネーションズリーグのイングランド戦やイタリア戦でも見られたように、時間が経過すると集中力が欠如し、スペースを与えてしまう傾向があった。それを見越してかまでは分からないが、立て続けに攻撃的な選手を投入し、結果的に途中出場のフレッシュな選手たちが躍動したのは采配の妙でもあるだろう。
ウイングバックを起点にシャドーの選手が裏をついてゴールを脅かす。日本が守備時に苦戦を強いられた形でドイツから同点弾を奪って見せたのは痛快であった。
一転して守備に関しては、やはり向上すべき点が多い印象だ。前半の構造上の問題のみならず、後半もボールへのアタックのタイミングや強度、ボックスに入らせないための手段などは残り2戦で改善しなければならないと感じる。
敵陣守備は、前半の立ち上がりこそ鎌田選手らが引っ掛けてショートカウンターを繰り出したものの、それ以降は奪う位置がラスト3分の1のエリアになってしまった。相手の可変式スタイルは事前に分かっていたなかでも、防げなかった。
特に伊東選手と久保選手は誰を見るのかはっきりせず、鎌田選手と前田選手も背後のキミッヒ選手とギュンドアン選手が気になってCBに出られないことも続いた。
ダブルボランチの遠藤選手と田中選手が前に出れば解決できるシーンもあったが、彼らに言わせれば、左右にいるムシアラ選手とミュラー選手がいるため出られないとの意見だろう。
この配置的不利は後半のシステム変更で解決したのはご存知の通り。前半で苦労したラウム選手(の立ち位置)を、酒井選手が見ると明確化したことだ。それを嫌ってか、ラウム選手が前半では見せなかった、下がって受けようとするシーン(図3)が49分、53分、57分と立て続けに起こったのはその証左だっただろう。
前半の多くは自陣守備の時間が大半を占め、耐えるしかない時間帯もあった。その要因の1つは、ダブルボランチがカバーに追われてしまったことと見る。例えば13分のシーン(図4)のように伊東選手が前にいることで、酒井選手がラウム選手に出た時、当然相手はその後ろを狙ってくるわけだが、そのカバーはCBではなく遠藤選手が行なっていた。
これによって空いてしまうバイタルエリアで、ミドルシュートを打たれた。19分にもキミッヒ選手、28分にはギュンドアン選手にもシュートシーンがあったように。
後半はシステム変更により奪う回数は増えたが、シュート数自体を大幅に減らせたわけではない。ボールホルダーへのアタックのスピードと強度は弱く、69分のようにセルフジャッジで止まるシーンすらあった。これは意識の問題なので変えられるはずである。
最終的に8つのシュートセーブが示すように権田選手の活躍なくしてこの逆転劇はなかったはずだが、再び迎える強豪との対戦で同様にすべて防ぎ切れるとは限らない。その手前の、最終ラインと中盤の「守備時の立ち位置」と「動き方」を精査して、進入を食い止めたい。
次の相手はコスタリカ。ドイツとは異なる攻撃方法のため、5バックが奏功する話ではなくなるが、ダブルボランチに求められる守備範囲と奪取力は変わらないはずだ。もし相手が2トップなら、再び日本のCBはサイドの裏のサポートに行きづらくなるだろう。
再び遠藤選手と田中選手のコンビで行くのか、守田選手は間に合うのか、はたまた別の選手か。脚光を浴びた森保監督の采配は、次戦のメンバー選考からも伺い知れるだろう。
歴史的勝利に「一喜一憂」せず、詳細の分析と改善を短期間で落とし込み、再び我々に驚きと歓喜をもたらしてくれることを願いつつ、27日を迎えたい。
【著者プロフィール】
杉崎健(すぎざき・けん)/1983年6月9日、東京都生まれ。Jリーグの各クラブで分析を担当。2017年から2020年までは、横浜F・マリノスで、アンジェ・ポステコグルー監督の右腕として、チームや対戦相手を分析するアナリストを務め、2019年にクラブの15年ぶりとなるJ1リーグ制覇にも大きく貢献。現在は「日本代表のW杯優勝をサポートする」という目標を定め、プロのサッカーアナリストとして活躍している。Twitterやオンラインサロンなどでも活動中。
【画像】ドイツ戦の森保ジャパン、攻守の4局面の図