2人合わせて「ワールドカップ25大会」を取材した、ベテランジャーナリストの大住良之と後藤健生。2022年カタール大会でも現地取材を敢行している。古きを温め新しきを知る「サッカー賢者」の2人がカタール・ワールドカップをあらゆる角度から語る!
■日本企業が関わったメトロ建設
お断りしておくが、別に日本代表のコスタリカ戦の敗戦についての話題を避けたいわけではない。だが今回は大会運営の重要な要素であるファンの輸送問題について書くことにしたい。
カタール大会の大きな特徴のひとつが「ほぼ1都市開催」ということである。厳密には「ドーハ市内」ではないものの、使用8スタジアムのうち7スタジアムは「ドーハ首都圏」に集中しており、うち5スタジアムは最寄りのメトロ(地下鉄)駅から徒歩圏内、2スタジアムはメトロ駅からシャトルバスで一挙に大量輸送と、過去のワールドカップと比較してもアクセスは圧倒的に良い。
ドーハのメトロはこのワールドカップに向けて建設が決まり、日本の三菱重工を中心とした企業グループで建設と運営システムの導入が行われた。現在は「赤」「緑」「ゴールド」の3路線で、南北に走る「赤ライン」には決勝戦が行われるルサイル・スタジアムのほか、ともにスタジアムまで短時間のシャトルバス運行が必要となるアルトゥママ・スタジアムとアルジャヌーブ・スタジアムの計3つがある。「緑ライン」にはエデュケーション・シティ・スタジアムとモハマド・ビン・アリ・スタジアムが、そして「ゴールドライン」にはハリファ国際スタジアムと、奇抜なデザインの「ワンタイム・スタジアム」として知られる974スタジアムがある。
■奇跡的な速さの観客の帰宅
ドーハのメトロは、試合前には便利でも、試合後、一挙にファンが帰途につくときには機能しないのではないか――。大会前には、そんな懸念が広がっていた。3分おきに運行されているとはいえ、「緑ライン」と「ゴールドライン」はわずか3両連結(赤ラインは6両)。とてもではないが、9万人(ルサイル・スタジアム)、4万人(他のスタジアム)規模のファンを運びきれないだろうと心配されたのだ。
だがフタを開けてみると試合後のメトロへの観客誘導は実に見事だった。メトロ駅と直結する5スタジアムでは、スタジアムからメトロ駅への広大な敷地内に何回も折れ曲がる誘導路をつくってある。通常なら10分もかからずに歩けるところを20分以上かかるが、1か所に止まって待つのではなく歩き続けることができるため、ファンはあまりストレスを感じずに済むのだ。
おまけに、ところどころに「メトロ、ディスウェイ」と大音量で流す拡声器をもったボランティアが立っているので、迷う心配もない。
その結果、ほとんどのスタジアムで、観客席を出てからほぼ30分以内には目的地に向かって走るメトロの車中にいることになる。埼玉スタジアムでの日本代表戦で6万人がはいったときには、浦和美園駅で1時間も待たされることもある。それを考えれば奇跡的な速さと言える。もちろん込んではいるが、東京のラッシュ時のようなぎゅうぎゅう詰めのような状態にはならない。
■圧倒的に便利なメトロ
ドーハから50キロ北に離れた「アルバイト・スタジアム」へは、シャトルバスで行くしかない。メトロ「赤ライン」の終点ルサイル駅からシャトルで40分ほど揺られなければ(もちろん、実際には、ずっと片側4車線の道路を走るバスが揺れることもない)行くことができないが、それ以外は圧倒的にメトロが便利なのである。
そのうえ、大会観客のIDカードともいうべき「ハヤカード」の保持者は、期間中はメトロをはじめとした公共交通機関は一切無料なのだ。物理的な「ハヤカード」をもっていなくても、スマホの画面で見せられればそれでいい。試合日のスタジアム最寄り駅では「ハヤカード」のチェックさえ行われず、全乗客がフリーパスとなる。
取材記者やカメラマンには、町外れの巨大な博覧会場にあるメインメディアセンターまで行き、そこからスタジアムへのシャトルバスを好んで利用している人もいる。このバスの利点は、スタジアムのメディア入口まで運んでくれることにある。時にメディア入口はメトロ駅から見てスタジアムの向こう側にあるから、その面では便利だ。
しかし私は圧倒的に「メトロ派」である。私が宿泊しているところはメトロ駅まで徒歩数分のところなので、スタジアムに向かうときも、そこから戻るときにも、私はたいていメトロを使う。そして試合後には、どの会場でも、メトロ駅への観客誘導の見事さに感心するのである。
毎日2試合をはしごして取材し、メトロだけでなくさまざまな交通手段を駆使して会場間を移動、「スタジアム・アクセスマスター」になろうとしている後藤さんの「蹴球放浪記ドーハ版」を少し聞いてみよう。